|
日印交流年であった平成19年、11月10日から18日の日程でインドへ行き、文化都市コルカタと首都デリーにおいて日本の伝統文芸である「俳句」を紹介する講演とワークショップの実施、現地の言葉で書かれた俳句作品の鑑賞、また現地の詩人たちとの交流を行った。使用言語は英語である。
今回の企画は、インド側からのリクエストが発端となったと聞く。在インド日本国大使館ホームページの日印文化交流年の演目リストをざっと見ると能、生け花、和太鼓、ソプラノ、落語、或いはサンスクリットの研究など学術的な公演・講演が多く、今回「俳句」を取り上げて頂けた事に感謝する。この要請を受けて国際交流基金から国際俳句交流協会へ打診があり宮下の派遣が実現した。
<俳句講演内容>
1)講演・パワーポイントスライドショー
講演の導入部分においてタゴールの詩「蛍」の一節を、芭蕉の蛍の句と比較することによりインドの聴衆に日本の俳句に対する関心をまず持ってもらい、内容的には「俳句」成立の歴史的な流れを5−7−5のリズムから『万葉集』まで遡り、「和歌―短歌―連歌―俳諧の連歌―発句―俳句」と説明し、俳句の特徴とされる季語と切れが何であるかも探った。またインド側からのリクエストで、俳句と「禅」や「無」の関わりにも触れた。禅だけでなく浄土真宗的な発句へのアプローチも取り上げ、発句が豊かな日本文化の流れの中で詠い継がれてきたことを述べた。正岡子規による発句から俳句への文明開化の試み、現在の俳句の状況、そして日本語以外で俳句を作る際のアドバイスとして、英語俳句の作り方を紹介した。例句は日本語と英訳の両方で紹介し、講演全体をパワーポイントのスライドショーに載せて行った。
2)俳句の朗読・パワーポイントスライドショー
俳句の朗読では、有季定型の句を『俳句』(ピエブックス社、2003年)から、自由律の俳句を『山頭火』(ピエブックス社、2006年)から、計25句を、本の中でも使われている写真家・井上博道氏の写真をスクリーンに映し出して行った。インドとは風土の異なる日本の景色をスライドで見せることで日本の俳句をより視覚的にも味わってもらうためである。
3)俳句のワークショップ
実作のワークショップは、会場にグループ分けした卓と椅子、カードと筆記用具を用意し、「季語」を選び、参加者に季語を入れた作品を書いてもらった後で、各グループの代表句を一句、合評により選出し、各グループ代表が前に来て自作の俳句を朗読、宮下が短評を加えた後に全体の挙手による投票で最優秀賞一本、優秀賞2本を選ぶという方法を考えていた。言語は英語、考えていた季語は、デリーの場合、「月」「向日葵(植物)」「ディワリ祭(ヒンドゥー教のお正月)」であったが、実際には会場で「今の季語」となる言葉を募り、「露」「冬」「温かい服」「涼しい風」など挙がるが、必ずしも句の中に詠みこんでいる風ではなかったようだ。また言語もコルカタではベンガル語、日本語、英語。デリーでもヒンディー語、日本語、英語の3言語駆使ということになった。賞品は東京の国際交流基金が準備。
<事業報告>
1)日本語学習者対象の日本語での俳句ワークショップ
コルカタでは、11月11日の到着直後に翌日からストライキが始まると知らされ、できる時にというわけで、コルカタ到着の午後に、担当領事館員宅に12人の日本語を学んでいる人たちと先生たちが集まって日本語で俳句を作るワークショップが実現した。インドのお正月に当たる「ディワリ祭」が11月9日にあり、正月3日に当たる11月11日は、まだ家族が集まって一緒にご飯を食べるお祭の最中であるにもかかわらず、その合間をぬっての参加、しかも4時から始まった会が終了してみれば午後8時であった。大いに恐縮した。俳句の説明、実作、鑑賞、ミニ色紙に清書、そして皆で抹茶を点ててと、日本文化の圧縮版を実践した。日本から持参した『俳句の楽しみ(俳句のマニュアル)』、『ホトトギス歳時記』、それと『ドラえもんの声のCD付き百人一首(カルタ)』『百人一首』、筆ペン、「俳句の種袋」などを代表の二ガム・和子先生に差し上げ、俳句を続けること、10年後にまた句会を同じメンバーで開くことを約束して終了する。参加者の詩人ニマル・クヌル・ダス氏よりベンガル語訳のついた日本の俳句の本、『俳句』と『四季の俳句』(去来の「石も木もまなこに光る暑さかな」等が収録されている)を頂戴し、お返しにドナルド・キーンの英訳付きの文庫本『おくのほそ道』を差し上げた。
2)コルカタでの公式講演・ワークショップ
平成19年11月13日、在コルカタ日本国総領事館主催、ラマクリシュナミッション文化協会共催により、ラマクリシュナ校ホールで午後5時より7時まで開催。コルカタでは予定されていた二日間の初日が大規模なストライキの為にキャンセルとなり、二日分を一回にまとめて行ったために、講演、持ち寄った句の発表、一句ごとに宮下の講評、推薦によって候補を選びもう一度句を読んで貰った後に、拍手の大きさで最優秀賞と優秀賞2本を選び、国際交流基金からの賞品をお渡しするという流れとなった。作品はベンガル語、英語、また日本語を学習している方は日本語で俳句を作って発表したので、3つの言語が響きあい、豊かな文化交流をしているという実感があった。80席の会場に学生を中心に83人の入り。「何か美しいものを見たとき、感じた時に、それは俳句の種ですから、この袋の中にしまっておいて、いい俳句を作ってください!」ということで最後に出口で、南浩子(宮下の母)手製の「俳句の種袋」をお渡しした。学生たちからは「ありがとう。」「こんばんは。」「おやすみなさい。」と日本語の挨拶をいただき、ありがたいと思った。日本語の先生たち、地元の有名な詩人たちも、楽しんでいただけたようで、来賓からも「俳句のことがよく分かりました、大変興味深い講義でした。」とお褒め頂いた。会に先立ち、イノギュレーションセレモニーが行われ、野呂元良総領事と来賓の著名な作家Shri Sunil Gangopadhyay氏のスピーチがあった。この機会が単なる一方的な講演会ではなく、はるばる日本から呼ばれて着物で臨む日印交流年参加の文化交流の会であること、その意義を改めて思った。今回の俳句の講演をきっかけに、俳句を作ってみようと思う人々が出てくればと思い、平成20年1月より選者をしている「朝日ウイークリー」の英語俳句コラムの投句先のメールアドレスを、スライドショーに加えておいた結果、2月のコラムへ日本語のワークショップにも参加されたマハシェタ・バスムカリジーさんからの投句が届き採用することができた。
[タゴールハウス訪問]
コルカタにいる間に、是非訪れたいと希望を出しておいたのが、アジアで最初のノーベル賞受賞者であり岡倉天心、横山大観・菱田春草らをこの地に迎えたラビンドラナート・タゴールの生家であり大学に隣接するタゴールハウスであった。11月13日朝に、総領事館の計らいで館長のインドラニ・ゴーシュ女史を表敬訪問することができた。館長自らラビンドラナートが生まれた産屋から舞台のある中庭、食堂、そしてタゴールが亡くなった部屋までを案内してくださった。またタゴール研究の第一人者で詩人のサンコ・ゴーシュ氏とも電話でお話をさせて貰い、「コルカタへは、またお出でになりますか?」と問う声の力に「はい、たった今、再び参ると決心いたしました。」と答えてしまう。タゴールが、設計したタゴールホールで、この大学に学ぶ芸術家と俳句のコラボレーションを将来実現することが出来れば、タゴールの日本文化との関わりの延長上に新しく1ページを加えることになる。インドの踊り、詩、音楽、そして日本の俳句。
[在コルカタ日本国総領事館公邸 夕食会]
講演会のあった11月13日に野呂元良総領事より招待状を頂く。講演終了後に総領事公邸で夕食会が開かれ、二ガム・和子先生とご一緒であった。メニューには「宮下恵美子 俳句専門家 歓迎夕食会」と記されており、心づくしの和食のコースをご馳走になった。野呂総領事より「あいうえお」の50音表がどうやら、日本で出来たものではなく、サンスクリットから拝借してきたらしいという興味深いお話を伺う。サンスクリットも51音、「あ」で始まり「ん」で終わるということだ。以後の講演では会場の聴衆にこの話をすると頷いていた。今年で在コルカタ総領事館ができてちょうど100年であると伺う。
3)デリーでの講演会・朗読 オックスフォードブックストアー
11月14日。遠く雲海に浮ぶヒマラヤ山脈の頂を見ながらデリーへ。ニューデリー日本文化センターのオフィスに遠藤直所長を訪ね、会場の下見をする。紫色の壁を見て白の絣(着物)に黒の唐子の帯を着ようと決める。オックスフォード書店も下見をする。
11月15日、午後6時半より、デリーの銀座と呼ばれる地域にあるオックスフォード書店の店内カフェテリアにて講演と朗読をした。講演の後にインド国営放送のテレビインタビューとインディアンエクスプレス新聞のインタビューを受けた。俳句は季節を大切にしている、すなわち自然に寄り添っている詩形であることなど簡単にお伝えした。しかし現実のデリーの白く濁った空や埃で灰色がかった木々の葉、大波のようにあとからあとから押し寄せる人の波・車の波から受ける印象では、日本人が想定している自然とインドの自然の間には幾らかギャップがありそうだった。書店の赤を基調とした壁紙にあわせて深い緑色の紬(着物)を着用。熱心に聴いていた聴衆の一人が翌日の講演にも参加してくださったのが嬉しかった。
4)ニューデリー日本文化センターでの講演・ワークショップ
翌11月16日、デリーでは、午前11時から講演、朗読、午後1時半からワークショップという日程でニューデリー日本文化センター内ホールにて開催。日本の俳句の紹介の後でインドのヒンディー語の詩に触れる機会を設ける。インド側からは、著名なRaj Buddhiraja 先生にご登壇いただき並んで座り先生のお話と詩の朗読を拝聴した。参加者のジャワハルラル・ネール大学でヒンディー語を研究されている高倉嘉男氏の通訳によれば、ブディラージャー先生は、「日本から来る俳句の先生の名前を聞いたときに、とても美しい人を想像しました。実際に宮下先生とお会いして自分の直感に間違いは無かったと嬉しく思いました。」というご挨拶を頂き照れる。先生からは、一息で一節を読んでいくヒンディー語の響の美しい詩の朗読と、お土産に象の形の神様「ガネーシッ」の像、白いショール、それに最近の著書ヒンディー語の『サクラ』を頂戴する。一番嬉しかったのは、先生に温かい抱擁をしていただいたこと。こちらからは熨斗袋に着物の裂で作ったしあわせ袋を二ついれて、表に「こころ」と書いた気持ちを差し上げた。
ワークショップの内容に関しては、4人掛の卓が7つというグループ分けを行い28人の参加者を得た。ところが参加者たちが、有名な詩人や日本語の先生たちであったため、相互の尊重のためにコンペティション的な代表句の選び方はそぐわなかったのかも知れない。ともあれ、7人の代表が、それぞれの句を朗読し、ヒンディー語や日本語の句には英訳をつけてもらった。会場の挙手という方法で最優秀一本と優秀賞を2本選んだ。実際には次席がタイになったのだが一人が賞を辞退したので三等が繰り上がる結果となった。
第三席となったネール大学のSushama Jain先生の日本語の作品:
つゆのうえ
はだしで歩く
となりの子 スシュマ・ジェン
| 質疑応答より |
| 問い: |
講演によると、俳句は自然や美しいことを主に詠んでいる様だが、インドでは社会問題や政治も詩の題材となる。俳句ではそういう主題は扱わないのか? |
| 返答: |
時事俳句というジャンルがあります。どんどん詠んでもらって構いません。 |
| 問い: |
日本では雨の俳句は沢山作られていますか?雨期を喜ぶ俳句はあまり無いようですが。暑い夏が来る前に雨期のある日本と違って、インドでは暑い暑いカラカラに乾いた夏の後に、雨期がきます。人々も木々も農地も全て潤って喜びます。如何でしょうか? |
| 返答: |
インドの雨は喜雨ですね。皆さんの安堵と喜び、実際の緑を取り戻す木々など思い浮かびます。日本でも梅雨は、じめじめ黴だらけというイメージがありますが、例えば紫陽花の句を探してみますと沢山詠まれていることが分かります。紫陽花は代表的な梅雨時の花です。雨期を必ずしも嫌な時期と考えてはいないことが分かると思います。 |
また俳句の実作という点で、作句してもらう間テーブルを回っていた間に見た作品を例にとり、一つの言葉に含まれるイメージについて話した。3行の俳句に動詞を3回使った句に対しては、「一つの言葉に含まれるイメージ」の中に既に動作を含んでいる場合は省くことができるので一句に動詞は一つが望ましいとか、一句に二つのイメージを取り合わせることはよいが、短い句の中に3つのイメージを入れることはまとまりがなくなる(三段切れ)ので避けたいなど。また多くの句に見られた結論的な考察を3行目に持ってくるパターンについては、「俳句は語らず、俳句は見せる」という英語俳句のルールを繰り返した。具体的にコメントをしたことで、実作のよい参考になったのではないかと思われる。時間が来たので打ち切って終わる。「俳句の種袋」を持ちかえり俳句を作ってくださいと挨拶した。
<インド文化に触れる>
全ての講演予定を終了後にまたカレーを食べつつインド大衆文化を語る際に避けては通れないであろうインドの映画文化が気になりだす。「ディワリ祭」の時期に新作映画が一挙に上映されることもあり、テレビでは連日賑やかにコメント合戦を繰り返していた。SRKと頭文字だけで通じる大スター、シャー・ルーク・カーン主演の「オーム シャンティー オーム」を観たいと思った。連れて行かれたのはデリーの原宿という繁華街の一角にある映画館で、プレミアムシートは既に売り切れており、100ルピーのスタンダードシートを購入。前から5列目という席で、巨大スクリーンを見上げることとなった。座席はスライドして楽に鑑賞できるよう工夫されており満席である。ヒンディー語の台詞は分からなくても身振り手振りで話の内容は追えたし、何よりも突然始まるダンスが素晴らしく気分がよかった。講演の参加者が「インドでは現実があまりにも厳しいので人々は夢を見るために詩を読む。」と言っていたが、映画も同様な役割をするのであろう、しかも強力に。滞在中、他に南インドの古典舞踊モヒニアタム、国立博物館のモヘンジョダロ遺跡の青銅の踊る少女像、フマユーン廟を観た。今後増えるであろうインドの俳句の背景となる風土・文化の理解に役立ったと思う。
<インド派遣を終えて>
予定された講演のうち、コルカタでの11月12日の講演がストのためにキャンセルとなったが、日本語での俳句ワークショップを含めて十分な交流が出来たと思う。日印交流年の文化交流としての「俳句の紹介」を英語で行ったことについては、パワーポイントのスライドショーを用いたので分かり易く紹介が出来たと思う。通訳を入れない分多くの情報を伝達できたと思っている。また質疑応答などから十分に伝わったことが確認できた。講演と朗読のデータを下さいという申し出が2件あり着物も喜ばれた。残念だったのは「ベンガル訛の英語」耳を持ち合わせておらず、折角読み上げてくださる作品の幾つかを100%は理解するに至らなかったこと。インド文化にも十分触れたし、今後の俳句交流に繋げる努力をした(タゴールホールでの俳句とインド芸術のコラボレーションの発案、「俳句の種袋」配布、と「朝日ウイークリー」紙という英語俳句の受け皿提示)ので、その成果を期待する。個人的には、人的な繋がりが出来たことが最大の収穫であった。帰国後にデリー大学のウニタ・サチダナントさんの招待で平成19年11月23日・24日と拓殖大学で開かれる日印友好年記念集会「詩の心と形を日印で交流する会」へ参加し、今回のインド訪問で作った俳句を十句ほど朗読させてもらった。インドが急に近い国となった俳句講演の旅であった。
|