英語の講演の中には、愛媛大学の中西淳先生の「カナダの小学校でハイクを教えて」という報告もありました。ハイクと短歌の区別は、5行か3行かという形式の違い、短歌の方がより感情的な内容を盛り込めるという違いと理解されているようで、比較的簡単に両者の境を越えてしまう人の多いカナダでは、ハイク大会といえども短歌のプログラムが入ってきます。2005年創刊のカナダの短歌誌「GUSTS」の編集長Kozue
Uzawaさんによる短歌の講演がありました。
私はケベック作家協会共催の詩人らを対象とする初心者の為のハイク入門ワークショップ(3時間)と「添削」を紹介する講演(30分)を英語でさせて貰いました。27ヵ月の「朝日ウイークリー」の英語俳句欄選者としての経験から、西洋の投句者に対しては添削したい旨を伝えて必ず了解を得てからでないと活字に出来ないことを実感していました。そこで、日本では俳句と添削はセットで考えられており、有効な俳句上達の手段として実際に広く行われていることを伝えようと思ったのです。既にtensakuという語はインターネット上で紹介されており、目新しい事ではありませんでしたが、原句と添削の両方を提示することで具体的に違いが分かること、句の提供者は俳句コミュニティーに貢献していると捉えること、連句における捌きの役割など歴史的な考察も踏まえて作品は添削の度合いに拘わらず添削を受ける人の句として認められること、また添削を受け入れるかどうかは作者の自由であるなど、添削をする場合のルールを箇条書きにして示しました。結社制を取らず著作権や個人主義のはっきりしている西洋では直されたものを<自分の句>として発表することには抵抗があるという反応でしたが、<添削される側の貢献>という発想は新鮮だと言われました。この他に大会終了後の希望者によるハイク討論会の司会を指名されました。若者をどうやってハイクへ誘うかという話の流れの中では、日本の取り組みの一例として中西先生が関わっている「俳句甲子園」を紹介して頂きました。最後は皆で2回リハーサルをしてから、しゃんしゃんしゃんと三本締めをやり散会にしました。
大会3日目は「未来」がテーマとなりました。現在のカナダハイク協会会員の高齢化が進む中、若い世代がなかなか入会して来ない現状を踏まえて、「次世代俳人の育成」が切実な課題となっていました。小学生レベル、中学生・高校生ベルでの実際の取り組みを紹介する教育の現場からの発表がありました。小学生レベルでは、まず、手作りの折り紙式のノートを作らせ、実際に外に出て体験したことを通して植物や昆虫の名前をノートに書き出して言葉のリストを作っていくことから始めるという方法を取っているデヴァー・ダールさん(カナダハイク協会会長)のお話、高校生にはカードに自作のハイクを印刷してハイクの楽しさを教えているリロイ・ゴーマンさん(カナダハイク協会「ニュースレター」編集長)のお話がありました。また長年の高校教諭の経験を生かしてティーンエージャー用の俳句指導マアニュアル書を作成中のテリー・アン・カーターさんは、学校を回って生徒にはまず「自分を知ること」から句作に入っていくように指導していると報告。小学生には実際に自然に触れて体験させることから始めていくアプローチ、既に都会育ちで十代後半を迎えている子供達には彼らの最大関心事である<自分>を糸口にハイクと出会って貰うやり方を取っていることを面白く感じました。若い人がハイクに関心が薄い理由の一つは、学校教育の現場に浸透している「5−7−5シラブルのハイク」であるとのことでした。教材としてのハイクから、文芸としてのハイクへ、如何に若者たちにハイクの可能性・楽しさを理解して貰うかが鍵となりそうです。
大会終了後にたまたま立ち寄ってみました聖ジョーゼフ礼拝堂近くの書店にはジャニック・ベローさん達の短歌アンソロジー、芭蕉、蕪村、一茶らの俳句のフランス語訳の本が並んでいましたが、ハイクは依然としてカナダ詩壇のメインストリームの外にある存在だそうです。ケベック作家協会共催で行われた作家を対象とするワークショップは詩壇にハイク人口を増やす試みの一つでした。参加した詩人のスーザン・ギリスさんやメアリー・ディ・ミシェルさんは連句を楽しんでいるそうですが、ハイクは未だとのこと。詩人として名前の通った人々がハイクを書くことの意義は大きいようです。ワークショップの参加者に月例メール句会の呼び掛けをして、作家達の間にハイクの萌芽を確認できるところまでフォロー出来たら嬉しいなと考えているところです。メアリーさんが持って来て下さった庭のライラックの花束から、この会を「Bouquet
of Lilacs」と名付けました。6月からスタートです。
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