第26回 HIA俳句大会 入選作品

HIA Haiku contest

俳句部門

国際俳句協会賞

廃屋の一隅照らす能登桜横浜市嶋田光子

俳人協会賞

噴水のしぶき回廊濡らしゆく世田谷区石橋万喜子

現代俳句協会賞

ただ残る遺恨と瓦礫ガザの冬夷隅郡越川悟

日本伝統俳句協会賞

片蔭を巡りロンドン塔に入る秋田市和田仁

日本経済新聞社賞

小舟よりマンゴー売りの少女かな三田市𠮷村玲子

ジャパンタイムズ社賞

仙人掌や丘にマンモス象の骨葛飾区白塚告天子

俳句のまちあらかわ賞

両の手は太古の器岩清水深谷市西倉ムツ子

稲畑廣太郎選

特選
両の手は太古の器岩清水深谷市西倉ムツ子
古代史の眠る大地や麦の秋渋谷区奥乃芳子
入選
ひとりゐの短夜なれば夜更かしも堺市新田佐代子
雨上り陽炎踊る銀閣寺港区齋藤澄子
青鷺の落暉の先の閨へ飛ぶ猿島郡羽鳥つねを
睡蓮の咲く昼の水太りゆく富士宮市露乃草子
どんぐりや秘密あふるる子どもの手小山市神山姫余
天地に色を失ひ桐一葉夷隅郡岡西宣江
色も香も口にはかなき雛あられ夷隅郡佐野志保子
海の端に空のなぎさをのせて夏杉並区山﨑百花
心奥に今も燻る青嵐深谷市中村和江
万緑や山に鎮もるジャンプ台松戸市美翠

大高霧海選

特選
憧れて早乙女になる異邦人秋田市和田仁
仙人掌や丘にマンモス象の骨葛飾区白塚告天子
入選
ミサ曲を唄ふ薄暮の草雲雀秋田市和田仁
発掘の穴の底まで油照茅ヶ崎市塚本治彦
戦死者に戦後を語る昭和の日夷隅郡越川悟
「戦争と平和のワルツ」聴く白露夷隅郡岡西宣江
流星や海辺のベンチ独り占め夷隅郡鈴木光子
ラ・カンパネラ帰りは一人冬銀河横浜市嶋田光子
AIが「独り言」いう五月闇夷隅郡越川悟
モルディブの星の音する貝風鈴港区青山ゆり
晴れ次第てふ日程の雪の里上越市藤井敏子
ボヘミアンといふも身に染む昼の月那須町畠山雍

片山由美子選

特選
噴水のしぶき回廊濡らしゆく世田谷区石橋万喜子
日溜まりの枯葉の甘き匂いかな夷隅郡佐野志保子
入選
片蔭を辿りロンドン塔に入る秋田市和田仁
山道の誰れにも遭わず蝮草夷隅郡佐野志保子
姉呼べば畠の中から夏帽子夷隅郡鈴木光子
夏の夜やコルトレーンとバーボンと深谷市時田清
リラ冷や島の広場ののみの市葛飾区白塚告天子
廃屋を覆ひ隠すや藤の花夷隅郡内山千代子
パン一斤残る店先大晦日夷隅郡佐野志保子
短夜の雨にあけゆくほの明かり逗子市佐藤信子
昼顔や縋るものなき砂の上夷隅郡佐野志保子
雪霏霏と崩れし能登の黒瓦渋谷区奥乃芳子

加藤耕子選

特選
発掘の穴の底まで油照茅ヶ崎市塚本治彦
廃屋の一隅照らす能登桜横浜市嶋田光子
入選
廃堂にマリアの像や小鳥来る秋田市和田仁
ばら真紅バッキンガムへ両陛下名古屋市清水京子
母と子の胸にロザリオ原爆忌秋田市和田 仁
放牧の牛片陰の中に立ち水戸市相沢正志斎
東京に残る瓦斯燈梅香る相模原市宮崎登美子
風紋に影ひく駱駝月明り深谷市松山芳彦
語り部の記憶は老いず原爆忌秋田市和田仁
朝顔のこの紺波郷の色かとも渋谷区佐藤みちゑ
一笛に闇の昂ぶる初神楽江東区千葉日出代
戦火なき地球を祈り星月夜久留米市谷川章子

高野ムツオ選

特選
ゲルニカにガザ重なりぬ遠き雷那須町畠山雍
岩窟に眠る民あり天の川三田市𠮷村玲子
入選
生きるとは愛することよカンナ燃ゆさいたま市古郡孝之
柿簾背に連山を纏ひたり奈良市堀ノ内和夫
爆撃に灼けし子の手は天を指し夷隅郡越川悟
墓洗ふ一粒種も戦死して相模原市宮崎登美子
戦死者に戦後を語る昭和の日夷隅郡越川悟
風のインクの書く詩篇秋桜港区青山ゆり
白雨来る美濃一国を消しながら宜野湾市筒井慶夏
回天に永遠に積もりて海の雪夷隅郡越川悟
点字読む指先に差す冬日かな高松市涼野海音
ただ残る遺恨と瓦礫ガザの冬夷隅郡越川悟

中村和弘選

特選
銀漢に浮かぶティノスの修道院秋田市和田仁
円柱に妃の名王の名熱砂舞ふ葛飾区白塚告天子
入選
夏休み廊下にひとつ金バケツ本巣市小泉裕子
発掘の穴の底まで油照茅ヶ崎市塚本治彦
片陰の工場裏鳴る捕球音夷隅郡越川悟
仙人掌や丘にマンモス象の骨葛飾区白塚告天子
星降るやアララト山のターコイズ深谷市松山芳彦
大聖堂のドア開きしまま後の月横浜市鈴木基之
城郭の裏の逃げ道葛の雨犬山市長瀬きよ子
かささぎや漢陽城郭めぐりをり中野区川原千秋
満月に唄ふコタンのウポポイ歌深谷市西倉ムツ子
岩窟に眠る民あり天の川三田市𠮷村玲子

能村研三選

特選
柿簾背に連山を纏ひたり奈良市堀ノ内和夫
霜の声訣れと知らず別れし夜港区青山ゆり
入選
未来へと夢を織り込む花衣茅ヶ崎市結菜やよひ
一番の願ひは書かず七夕竹杉並区草野准子
若竹の葉擦れの音や茶事の席練馬区清松たかし
情況は変ってをらず昼寝覚堺市山戸暁子
風紋に影ひく駱駝月明り深谷市松山芳彦
たたまれし斧に美学や枯蟷螂夷隅郡岡西宣江
万緑にのみ込まれゆく過疎の村夷隅郡越川悟
金閣の影置く水も秋の冷え江東区千葉日出代
秋の雲鵬鯤と化し海渡る夷隅郡岡西宣江
両の手は太古の器岩清水深谷市西倉ムツ子

星野高士選

特選
廃屋の一隅照らす能登桜横浜市嶋田光子
小舟よりマンゴー売りの少女かな三田市𠮷村玲子
入選
片蔭を辿りロンドン塔に入る秋田市和田仁
ばら真紅バッキンガムへ両陛下名古屋市清水京子
母の日やいつも気の利く次男坊本巣市小泉裕子
ただ残る遺恨と瓦礫ガザの冬夷隅郡越川悟
鳥帰る人はなぜ地に線を引く品川区村田由美子
御宿の煮付け恋しや金目鯛夷隅郡鈴木光子
明易や俳壇史にはいつも虚子横浜市佐藤一星
独酌の酒が酒呼ぶ秋の声夷隅郡岡西宣江
川波の光まみれの鮭のぼる札幌市熊谷佳久子
天の川流れの果てにブラックホール夷隅郡越川悟

ハイク部門

特選 木村聡雄選
Prize Winners, selected by Toshio Kimura

while the embers glow
in a mountain lodge oven —
full Hunter’s Moon
Kanchan Chatterjee
(India)
山小屋のかまどに
残り火
狩猟月
カンチャン・チャタルジー
(インド)

山の奥深く、ポツンとある山小屋の夜のようすです。かまどに残り火がまだ赤く輝いて見えるのは夕食も終わった後でしょうか。これだけでも情景がはっきりと読者の頭に浮かび上がってきます。あたりも静まり、見上げれば夜空には月が浮かんでいます。「狩猟月」は中秋の満月(harvestmoon:収穫月)の次にくる満月で、収穫が終わると夏から秋にかけて太った動物の狩猟の季節です。さて、かまどで調理されたのは…。

This is a night scene at a remote lodge deep in the mountains. The embers in the fireplace still glows red, probably after dinner has finished. This alone brings a scene clearly to reader’s mind. It is quiet, and when looking up, the moon is floating in the night sky. The “hunter’s moon” is the next full moon after the mid-autumn full moon(harvest moon). When the harvest is over, then animals fattened up during summer and autumn would be hunted. Now, readers wonder what was cooked in the oven.

mountain mist lifts…
voices of cows’ bells
become cows’ bells
Maya Daneva
(Netherlands)
山の霧晴れ
牛の鈴の音
鈴となる
マヤ・ダネヴァ
(オランダ)

霧の立ち込めた山では、牛たちの姿も見えずカウベルが遠くから響いてくるばかりだったようです。山に垂れこめた霧も晴れてきて、その音は牧草地のあちこちに点在するような目に見える姿となってきました。聴覚から視覚への変化がヨーロッパの風景画の一場面のように詠まれています。ヨーロッパの牛たちはおもに放牧で自然の牧草を食べていますが、日本の牛は牛舎で育てられ穀物類を多く与えられています。肉の味の好みも違うようですね。

In the misty mountains, it seemed that the cattle were nowhere to be seen and the voices of cow’s bells could only be heard echoing in the distance. As the mist hanging over the mountains began to lift, the sound became a visible figure, dotted here and there across the meadow. The change from hearing to seeing is described in this haiku as if it were a scene from European landscape paintings. Cattle in Europe mainly grazes on natural grass, whereas cattle in Japan is raised in barns and fed a lot of grain: Different regions seem to have different tastes in meat.

入選 木村聡雄選
Honorable Mentions, selected by Toshio Kimura

migrating geese
the farmhouse door
never locked
dl mattila
(USA)
雁渡る
農家の扉
鍵かけず
ディーエル・マッティラ
(アメリカ)
the moisture
on the dog’s nose
first cold
Olivier Schopfer
(Switzerland)
犬の鼻
その湿り気に
初めての冷え
オリヴァー・シェプファー
(スイス)
torn apart fence —
fattened geese gone
with no return
Zlata Bogovic
(Croatia)
柵に穴
太らせた鵞鳥
逃げたきり
ゼラタ・ボゴヴィッチ
(クロアチア)
the moon slips…
the fisherman’s rod
suddenly heavier
Steliana Cristina Voicu
(Romania)
月落ちる
釣り人の竿
急に重く
ステイリアナ・クリスティナ・ヴォイス
(ルーマニア)

特選 ディヴィッド・バーレイ選
Prize Winners, selected by David Burleigh

the moon slips…
the fisherman’s rod
suddenly heavier
Steliana Cristina Voicu
(Romania)
月落ちる
釣り人の竿
急に重く
ステイリアナ・クリスティナ・ヴォイス
(ルーマニア)

この俳句の最初の行を読んだときには、私たちは月が木の陰か丘の上、あるいは建物の陰に隠れてしまったのかと想像します。月が釣りをしている水面に映っていることに気づくのは、句の残りの部分に焦点が合ってからです。釣り人は夢見心地で待っていたのですが、かすかな動きが彼の注意を引き、魚が釣り糸にかかったことを知らせます。この句を効果的にしているのは、ほとんど気づかないような変化で、それは静寂でありながら静かにドラマチックと言えるでしょう。最も成功した俳句です。

When we read the first words of this haiku, we imagine that the moon may have slipped down behind a tree, or the top of a hill, or even a building, and it is not until the rest comes into focus that we realise that the moon is reflected on the water where a man is fishing. He is dreamily waiting, and the slight disturbance captures his attention, alerts him to a fish on the line. It is the almost unnoticed change that makes this verse so effective, both quiet and quietly dramatic. A most successful haiku.

falling acorns
a key turns tumblers
in a lock
Richard L. Matta
(USA)
どんぐり落ち
鍵が回る
鍵穴
リチャード・L・マタ
(アメリカ)

一行目はどんぐりが落ちて季節を暗示しています。とはいえ、二、三行目までは状況ははっきりしません。どんぐりは落ちてきますが、それに気づいたのは目に見えたからかあるいは音が聞こえたからなのでしょうか。すると、錠前の内部でカチャッと鍵が回る音に注意が向きます。おそらく秋の夕暮、ちょうど家に帰って来た誰かが、ドアを開け中に入ろうとしているようです。ところが外のできごとに気づき、どんぐりを手に取るところを想像させます。繊細に呼び起こされる瞬間です。

The first line suggests the season, with the falling acorns, but it is not clear until the second and third lines what the situation is. The acorns are falling, but is it the sight or sound of them that is more noticeable? Then the key turning in the lock focuses our attention, the clicking sound of the inner movement, so that we imagine someone, just home, opening a door, perhaps on an autumn evening, about to go inside but having noticed and taken with them what is happening outside. A delicately evoked moment.

入選 ディヴィッド・バーレイ選
Honorable Mentions, selected by David Burleigh

a frog crosses
the Milky Way —
stars go out
Lyudmila Hristova
(Bulgaria)
蛙が渡る
天の川
星たちは消え
リュドミラ・フリストヴァ
(ブルガリア)
last refugees
the cherry trees remain
to bloom in the village
Edward Tara
(Romania)
最後の難民
桜の木は残る
村で咲こうと
エドワルド・タラ
(ルーマニア)
refugee camp
the moon imprisoned
in a puddle
Ravi Kiran
(India)
難民キャンプ
月が幽閉される
水たまり
ラヴィ・キラン
(インド)
nearing dusk
a curled leaf enters
the church door
Federico Peralta
(Philippines)
夕暮れ近く
丸まった葉
教会の扉から
フェデリコ・ペラルタ
(フィリピン)