haiku・つれづれ

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haiku・つれづれ - 第27回

宮下 惠美子

入谷鬼子母神朝顔まつり(2023年7月7日)
入谷鬼子母神朝顔まつり(2023年7月7日)

異常気象がニューノーマルと呼ばれるようになり、世界中で森林火災、酷暑、竜巻、豪雨、大洪水などが止まりません。規則正しい季節の巡りを当然のこととしてその世界観で生きてきた俳人にとって、これは一大事です。私達に何か出来るとすれば、なんだろうと考える夏になりそうですね。この暑さで熱中症になり、慣れない冷房の部屋に籠もっての読書三昧でしたので今回はお勧めの本の紹介を致します。

1冊目は、英語俳句のバイブルとも呼ばれる『俳句』(全4巻)を著したR.H.ブライス博士の一人称伝記小説『Mister Timeless Blyth(永遠のブライスさん)』(スコットランドのAlan Spence著、Tuttle Publishing、2023年)、2冊目はそのアラン・スペンス先生の句集『thirteen ways of looking at tulips(チューリップを愛でる13の方法)』 (Alan Spence著、Elizabeth Blackadder挿絵、Renaissance Press, 2022年)、3冊目はカナダから届いた本で、50年も5年生を教えてきた元教員で俳人のマルコ・フラッテセリさんの『Dear Elsa(親愛なるエルサへ)』(Marco Fraticelli著、Red Deer Press、2023年)、4冊目は、韓国から届いたキム・イリヤノンさんの英訳時調集 『All the Daughters of the Earth(地球のすべての娘たち)』(金一鷰著、Seoul Selection、2023年)。最後にポーランドで出版されたリディア・ロズムズさん監修の日本語、英語、ポーランド語になる『JAPONIA, JAPAN, 日本 BOOK FOR WRITING 書くための本』(Lidia Rozmus監修、Wydawnictow Austeria,2023年)です。

1冊目はまだ途中なので、読後感ではなく、スコットランドのアバディーン大学名誉教授のアランさんと松永大介さん(大阪学院大学教授、元エチオピア大使)の2023年5月18日開催の学習院さくらアカデミー対面講座「R.H.ブライスと学習院」を拝聴したときの印象等を述べたいと思います。ブライス先生に縁の方たちが大勢集まり、教え子であったり、隣人であったり、研究者であったり。そして、私も2005年のハイクノースアメリカ大会でブライス先生の次女の晴海さんにお目にかかっていたという不思議なご縁があり、ブライス先生を偲ぶ和やかな雰囲気の講演会でありました。ブライス先生のツイードの上着をご覧になった時に意外にも袖が短いことにアラン先生は気づかれたそうです。この一寸した身体的な特徴を伺い、数々の偉業を成し遂げたブライス先生も、生身の人間だったのだと妙に納得いたしました。

アラン先生と松永先生、2023年5月18日学習院大学にて
アラン先生と松永先生、2023年5月18日学習院大学にて

ブライス先生は、日本統治下の朝鮮・京城で15年間英語教師を務めた後、昭和15年に来日し、戦時中は外国人抑留所で禅や俳句を紹介する本を執筆し、吉田茂の援助を得て出版。昭和20年12月に学習院の英語教師になり、上皇陛下の家庭教師も務め、昭和天皇の「人間宣言」の起草に参加しました。英語俳句に関わった者であれば、誰でもが耳にする「R.H.ブライス」の名前ですが、改めて俳句以外にも戦後の日本のあり方に関わる大きなお仕事をされた方なのだということを知りました。さて、383頁の『Mister Timeless Blyth』 ですが、なにしろ一人称で書かれているので、ぐいぐいと引き込まれて行きます。目下熱読中。

タトル社:https://www.tuttle.co.jp/products/show/isbn:9784805317570
アマゾン:https://www.amazon.co.jp/Mister-Timeless-Blyth-Biographical-Bridging/dp/0804856354

後日送られてきましたのが2冊目のアラン・スペンス先生の句集『thirteen ways of looking at tulips(チューリップを愛でる13の方法)』です。

the summer day-
the tulips and I
breathing together
夏の昼間チューリップと私一緒に息をして
the tulips in the vase
have rearranged themselves
overnight
花瓶のチューリップ自らを活け直す一晩のうちに

丁寧に描かれたチューリップの挿絵は、人に顔があるように、一輪一輪に花の色、形、そして個性が光ります。アランさんは松尾芭蕉の「松のことは松に習え、竹のことは竹に習え」を踏襲されてこの句集を編まれたそうです。アランさんも、挿絵のエリザベスさんも、眺め、見つめ、ひたすらチューリップを観つづけてこの素敵な句集が誕生しています。

ルネッサンスプレス:http://renaissancepress.co.uk/product/thirteen-ways-of-looking-at-tulips/

『親愛なるエルサへ』は一年間の文通メールで構成された小説。トロントに住む5年生のレオはモントリオールからの転校生、新学期にM先生が用意した箱の中から、名前とメールアドレスを書いた紙切れをおみくじの様に引き当て、ボストンの小学生と文通が始まります。レオが引き当てたのはエルサ、女の子だという理由だけで「やだ〜ぁ」と書き出すレオでしたが。レオはクラスで習った俳句を追伸に書き足します。M先生の夫のエリックは有名な俳人でした。エルサがレオの俳句を楽しみにしていることが分かると、かなりの頻度で俳句が登場する様になります。小説の最後は、エリックからの俳句を作るためのルールなる頁が登場して終わります。2人の成長と、いつの間にか俳句の魅力に気付かされていた読者が残る仕掛けです。『赤毛のアン』では、髪の毛を緑に染める騒動が出て来ますが、途中にエルサが髪を染める場面が有り、目立たない子だったエルサも進化します。カナダ文学史上<髪の色を染める>は、成長への一つの鍵かも知れませんね!難しい単語は文中の追伸に説明があり、辞書無しでも読める本!

PPS I told you already, don’t call me Leonardo.
in the lunchroom
one ant
going the wrong way p.146
追追追伸 前にも言ったよ、僕をレオナルドって呼ばないで。
ランチルームの
蟻が一匹
列を離れて 146頁

紀伊國屋書店:https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9780889956865

2019年12月9日の駐日大韓民国大使館・韓国文化院にて行われたHIA主催のシンポジウム「詩言無境」にてお会いした金一鷰さんより7月初めに英訳時調集『All the Daughters of the Earth(地球のすべての娘たち)』を頂戴しました。時調はすでに800年の歴史を持つ詩形ですが、現代を生きる金さんの家族愛、感情、自然などの身近なテーマが生き生きと 定型の中に詠まれています。見開きの左にハングル文字、右には英語。「時調は詩であり、詩はシンプルで普遍的なメッセージを秘めています。詩は難しいと言うのは偏見です。詩を読めば、全てのヒントはそこに見つかります。」と1980 年から時調を始め、現在は国際時調協会の会長である金さんは仰います。66篇を収めた詩集の第一章は両親と2人の娘さんを描いたセクションで、タイトルもそこから付けられています。

A Daughter

Taking her things and leaving the house,
after closing the bank account,

terminating her mobile phone
where only my number was saved,

pocketing the senior pass I’d inherited,
feeling lonely after tears.


彼女の物を持って家を出る、
銀行口座を解約した後に、

私の番号だけが残されている
携帯電話を解約し、

譲り受けたシニアパスを持って、
涙の後の寂しさ
Sky and Lake

The sky washes its face in the autumn lake,
the lake wipes its face on the autumn sky,
then each looks into the other’s clear, wide, deep mirror.
空と湖

空が秋の湖で顔を洗う
湖は秋の空でその顔を拭く
そしてお互いの澄んで広く深い鏡の中にそれぞれを見る

アマゾン:https://www.amazon.com/All-Daughters-Earth-English-Korean/dp/1624121527/ref=sr_1_3?qid=1689891181&refinements=p_27%3AIlyeon&s=books&sr=1-3

『JAPONIA JAPAN 日本』は、白黒写真と俳文とリディアさんの俳句で構成された本です。ポーランドのクラコウに住む俳人、墨絵画家、編集者のリディア・ロズムズさんから、2022年2月に長村紀都さん、内村恭子さん、小野裕三さん、田村七重さん、吉村侑久代先生、そして私に声が掛かり、日本的なものを題材に俳文を書いて欲しいと言われました。それからウクライナで戦争が起こり、沢山の難民がポーランドへも移り住み、作業は中断されたかと思ったのですが、やっと出来上がった本が2023年7月に届きました。余白が沢山あって、持ち主がそこへ自由に書き込んでいくというスタイルの本です。ポーランド語、英語、日本語の3カ国語仕様。お雛様、祝儀袋、縁側、広島、三尺寝等さまざまな切り口で日本の生活が綴られている楽しい本です。

はるかな日本今は身近に筆の先 リディア・ロズムズ
daleka Japonia
teraz – bliska
na końcu pędzla
Lidia Rozmus

faraway Japan
now close
on the tip of my brush
Lidia Rozmus

https://www.motyleksiazkowe.pl/artykuly-papiernicze/66110-japonia-japan-ksiazka-do-pisania-9788378665236.html

スコットランド、カナダ、韓国、そしてポーランドから届いた本の紹介でした。
皆様もどうぞ、曝書するなり、読書するなり、本と親しむ夏をお過ごしくださいまし。

(和訳:宮下惠美子)

2023年7月11日JAL財団スカラシッププログラムの皆さんと筆者
2023年7月11日JAL財団スカラシッププログラムの皆さんと筆者