俳句紀行
俳句紀行 - 第44回
宮下惠美子
令和二年、明けましておめでとうございます。
暮れから新年にかけて頂戴した本を3冊ご紹介いたします。
一冊目は柴生田俊一著『1964年と2020年の東京五輪をまたぐJALハイク・プロジェクト50年超の軌跡 子ども地球歳時記 ハイクが新しい世界をつくる』(日本地域社会研究所、2019年)という長いタイトルを冠した半世紀に亘るJALそしてJAL財団が手掛けてきたハイクコンテストの歴史です。「日本人は枯葉一つ見ながら楽しむことができるが、アメリカ人は文化的欠乏感をうめるために、身の回りに物質的にアートや花壇を並べたがる。そういうアメリカ社会に、こういう立派なart of formがあることを紹介する。(中略)ハイクは個人の感想、エモーションであるが、その中に人間、自分が出てはダメだ。自然をみて、それを通してuniverseを感じる。愛や怒りが入らない。I love youではない。日本独特。」と、最初のハイクコンテストを実行したダン中津さんが回想の中で述べています。1964年の東京オリンピックのオフィシャル・キャリアとなったJALのフライ・ジャル・キャンペーンとして全米でラジオを通してハイクコンテストの開催を呼び掛け、41,000句の応募が集まりました。ハイクコンテストは1990年のJAL財団(当時は日航財団)の設立と共に対象を世界の子ども達に絞り、地球人育成という観点から「世界こどもハイクコンテスト」として各国で開催されています。2020年の東京オリンピックに合わせたテーマは「スポーツ」です。
今では世界中でハイクが詠まれ、当たり前のように誰でもがハイクを作っているような気がしていますが、俳句がハイクとして異文化の中に定着していく為には、様々な経緯とかかわった人々の努力があったことが分かります。本書はJALの広報部で、続いてJAL財団常務理事としてコンテストに関わり、世界こどもハイクコンテストのアンソロジー『地球歳時記』を世に送り出してきた柴生田さんからの熱いメッセージです。
二冊目は2019年12月9日の駐日大韓民国大使館・韓国文化院にて行われたHIA主催のシンポジウム『詩言無境』の為に来日された韓国時調詩人協会副理事長の金一鷰さんより頂戴しました時調集『花の断崖』(著者:金一鷰、翻訳:安修賢、木言藝苑出版社、大韓民国、2016年)です。一つ一つの詩にはタイトルがあり、三行で、或いは三行の繰り返しで書かれています。原文の韓国語ではなくて釜山大学大学院の安修賢先生の和訳を基にしたご紹介になります。時調は、俳句の様に結社に入り、句会に出て経験を積み年月を掛けて俳句を身に付けて行き、結社の同人となって一人前の俳人として認められる、というプロセスではなく、纏まった作品を提出して合格すれば、時調詩人として立てるそうです。金さんも、そのようにして25歳の時には既に詩人としての活動を始めておられます。金さんとは英語で話し、時調が心を大切にする詩であることを教えて頂きました。
シンポジウムの前に、皆さんがコンビニ弁当を召し上がっている時に、私は持参の林檎とチーズのサンドイッチだったので「林檎売り屋」という詩がまず目に留まりました
側め続く日々は割れそうな赤き色合いの過去
亡き母の家の前、侘しき林檎売り屋の声
軍服火熨斗をあてる母の一晩中
暗闇の園、暗黒星が落ちる
池に入れられる水蛇、吃驚仰天の静けさ
端正な鉛筆入れ模様の横たわる家族揃い
メセンイのスープの境に浸る忘我
君なしは息づけず遠く閉ざされるのみ
骨も身も消え消えに溶け、一塊のメセンイ
暗黒の海の中、其処ら辺りの波の下 注)メセンイ:カブサアオノリ
丸く屈めた首は身中に埋める
余す所なく、内面向きの原型の時間が有り続く
ほんの少し俳句よりも長く、そして何よりも心を詠うという1000年の歴史をもつ詩形の時調を知り、翻訳を通して作品を読むことが出来たのは今回のシンポジウムのお陰でした。
3冊目は、米国西海岸のYuki Teikei Haiku Society(有季定型俳句協会)の2019年版合同句集『lost pinwheel (失くした風車)』です。このタイトルは協会同人であるパトリシア・J・マクミラーさんの句から採られています。
the wind finds it
plays with it Patricia J. Machmiller
この合同句集は昨年亡くなられた会員のAnn BendixenさんとJerry Ballさんへ捧げられています。アシロマー研修会の折に一度同室だったことがあるアンさんは、小型飛行機を操縦したり墨絵も書かれる多才な方でした。ジェリーさんは第42回に書いた通り、ロサンゼルス近隣のハイクの中心的人物でしたから、とても寂しくなりました。同書ではハイクの他に俳文、朗読会で読まれた句、そしてマイケル・D・ウェルチさんの論文「蕪村ではなく漱石:白菊への考察」を最後に載せています。HIA会員でもある村上博幸さんは句と俳文、長村紀都さんは愛媛県松山市の田村七重さんと杉山望さんが選者をされた2018年徳富清・喜代子記念俳句大会の佳作として句が載っています。会員の俳句から:
the dark-chocolate color
of broken resolutions J. Zimmerman
makes others smile—
flowering dogwood Hiroyuki Murakami
徳富清・喜代子俳句大会大賞句
reminiscent of mom’s touch
this soft balmy breeze Priscilla Lignori
佳作(8句の内の一句)
on grandfather’s pocket knife—
mushroom gathering Kit Nagamura
1975年にカリフォルニア州サンノゼで徳富清・喜代子夫妻によって設立されたユウキテイケイ俳句協会は2020年に創立45周年を迎えます。