三宮麻由子の「名句迷訳」


啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々

(水原秋桜子1892-1981)

A woodpecker's drumming,
farm trees hastely scatter
their colorful leaves

印象派とも言われる秋桜子の代表句。印象派らしく視覚的な美しい風景が描かれているが、実は掲句で秋桜子が着目しているのは音である。ひたすら葉が落ちる音と、キツツキのドラミング音で世界が描かれている。牧場は人のいる場所だが、句の中に人間の姿を出さないところにも秋桜子らしい観察眼がある。

野鳥観察家としても知られ、視力にハンディのあった日本野鳥の会創始者、中西悟堂氏とともに高尾山で探鳥した記録が残るなど、悟堂氏に習って耳を使った観察を身に付けたとも考えられる。そのためか、秋桜子の句には時折、視覚的な中にもフィールドウォッチャーならんと頷ける音の世界が豊かに織り込まれている。

そこで、掲句の英訳では秋桜子が着目した「音」に忠実に焦点を合わせ、上5でまずキツツキが出す音=ドラミングをはっきり描写してみた。
次は落葉をどうするか。葉の落ちるささやかな音が聞こえているのは言うまでもないが、音のコントラストとしてそれを入れてしまうと、「落葉を急ぐ」という慌しい秋の進展感と、牧という場所の雰囲気が詠み込めない。字数に余裕があったとしても、音の2物仕立てとして訳すのは即物的すぎるだろう。

こう考えて後半は思い切って視覚世界にフォーカスした。英語では落葉は「falling leaves」とするのが自然だが、主語をあえて元句の通り木にして、その木が落とす葉が自然落下だけでなく微風に吹かれて舞い散る様子から、木が葉を散らすと言い換えた。下5にも、落ちた葉がよく見えるように、色とりどりという言葉を補った。

筆者は、軽井沢の林で唐松の葉が散る音を聞いた。無風の林で針のような落葉がチロチロと小雨のように大地に塵積もる。まさに「湿度のない細やかな雫」が落ちる音だった。秋桜子が聞いた牧の落葉は、どんな葉だったのだろう。キツツキは、コゲラかアカゲラか、あるいはアオゲラか。自然観察好きの本能をくすぐる名句である。

2019年10月

プロフィール

三宮麻由子

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