俳句紀行


俳句紀行 - 第28回

俳句紀行 第28回

2018年8月に送られてきた元駐日ルーマニア大使ラドゥ・シェルバンさんの英語句集『Reflections 倒影』(Ecou Transilvan Publishing House、ルーマニア、2018年)をご紹介します。現在は退官されルーマニアにお戻りのシェルバンさんが、母国語で作った俳句を基に英語で詠み直された句を集めた一冊です。シェルバンさんは2011年に日本へ赴任されて俳句と出会い、以後精力的に作品を発表されています。HIAにもご入会頂き、2014年の「HI」誌110号にはルーマニア語で作り自ら英訳された5句が和訳と共に掲載されました。その中の「Fuji is preaching / Dressed in his new priestly stole / Knitted out of snow 福音の富士新雪の司祭服 (宮下和訳)」は、2015年に出版されたルーマニア語(英訳と和訳付き)で綴られた富士登山紀行『空へ歩む Closer to the Sky』を予告するような句であります。富士山に対する地質学的文化的興味はもとより、精神的な高みへと歩む過程が描かれていて訳し甲斐のある本でした。


2016年の新聞記事と『空へ歩む』の表紙


『Reflections』の表(右)と裏表紙(左)

新刊の『Reflections 倒影』の前書には「俳句の翻訳は至難の業であると言われ、以来(母国語の)ルーマニア語と英語の句は別々に作ってきた。しかし、ルーマニア語で作った句を読み直し、新たに英語で感じて書いてみようと思い完成したものがこの句集である。母国語ではないため読みづらい点があるかと思われるが、英語になった俳句も魂の言葉に変わりはない。」と記されています。序文には、徳島市の俳句結社「ひまわり」の西池冬扇主宰が菩提樹の花をキーワードに鑑賞されている英文が寄せられています。西池さんとシェルバンさんの会見の記事:The Japan Journal July/August 2018 Vol.15 No.2 page 12-13. PDFはここをクリックしてください。145句を収めた句集の5つの章からそれぞれ2句ずつ紹介したいと思います。


西池冬扇さんとシェルバンさん

第一章「Clepsydra 水時計」

on their paper wings
the poets fly and collect
the pollen of sun.

紙の羽で/詩人たちは飛び集める/太陽の花粉を

yellow leaves falling—
the life received in advance
of payment with time.

黄落/先に受け取った人生/時間で支払う

第二章「Serenity 清澄」

white – red, wife – husband
binary March amulet
in the hearts – murmur.

紅白の、夫婦の/二つで一組の三月のお守り/心の中で-つぶやく


ルーマニアでは3月1日は春の訪れを祝うマルティシャというお祝いの日です。この日に赤と白の房の付いた飾り物を大切な人に渡します。3月中胸に飾って31日には果物の成る木に結ぶのだそうです。これを付けていると一年間健康でいられるとのこと。

we can feel the warmth
of a friendly piece of wood
without burning it.

その温もりが感じられる/役に立つ木片の/燃やさずとも

第三章「Faithfulness キリスト教的忠誠」

spiritual pollen
in hive of eternity,
from the life’s flower.

霊的な花粉/永遠の蜂の巣箱の中に/命の花から

never-ending soul,
leaf carried up to the Sky
counting the stairs.

永遠に終わらない魂/天に運ばれた葉が/階段を数えている

第四章「Nature 自然」

strong fragrance’s arm
above the linden tree’s crown
knocks at my window.

強い香りの腕が/菩提樹の木の天辺より/私の窓を叩く

bird footprints on snow:
in celestial language -
white book of winter.

雪の上の鳥の足跡/天上の言葉で書かれた/冬の白い本

第五章「Shadows 影」

in the old dough troughs
alibi of starvation:
the unleavened bread

古いこね鉢の中に/飢餓のアリバイ/発酵させていないパン

shorter and shorter
hiding among the wrinkles
the rest of my life

だんだん短く/皺の中に隠れて/私の残りの人生

最後に一般社団法人日本英語交流連盟(the English-Speaking Union of Japan)が毎月募集している「ESUJ-H」9月の俳句(http://www.esuj.gr.jp/event/5_index_detail.php)にシェルバンさんの一句が載ったので記しておく:

the word is flying
and carries on the wind’s wings
the sunflower seed

言葉が飛んでいく/そして風の翼にのって運ばれていく/向日葵の種

Radu Şerban