haiku・つれづれ

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haiku・つれづれ - 第1回

宮下惠美子

HIAのホームページ改革により2020年4月よりこれまでの「俳句紀行(旧・英作ハイク入門)」を改題し「haiku・つれづれ」として、新たにhaikuにかかわるお話を執筆させて頂くことになりました。新型コロナウイルスによるパンデミックが起きている今、ますます「世界は一つ」を実感致します。今回は不要不急以外の外出は避けるという趣旨で、私の本棚から2冊、最新の句集をご紹介いたします。

レーア・レトーネンさんレーア・レトーネンさん

『VARIKSEN SOOLO HAIKU JA HAIGA (CROW, SOLO Haiku and Haiga, 鴉の独唱 俳句と俳画)』(ISBN:978-952-94-2828-1、2020年)は、フィンランドの俳人Rea Lehtonenレーア・レトーネンさんとKiti Saarienさんの俳句、Ina Jaakkolaさんの水彩画、Kitiさんの写真の素敵なコラボによる俳句・俳画集です。詩人のDonald Adamsonさんとレーアさんによる英訳が付いています。収められた作品は2020年1月10日~30日までタンペレのTahmelan Huvila 文化センターで開催された俳画展に出品されたものです。フィンランドでの俳句の歴史は浅く、せいぜい40年から50年で、俳人の輩出も未だなく、出版業界も興味を示さないような状況下で、この俳画展は大好評を博したそうです。フィンランドの人々が俳句に関心を持ち始めているこの機を活かして俳句を知って貰う機会を作りたいと、展覧会以後、週に1~2度のペースでタンペレ近郊の図書館や小さなカフェ等でバイリンガルの朗読会を続けています。現在は新型コロナの流行で活動をやむなく中止しているそうです。

Tahmelan Huvila 文化センターTahmelan Huvila
文化センター

Tahmelan Huvila 文化センター左からDonald Adamsonさん、Ina Jaakkolaさん、Rea Lehtonenさん、Kiti Saarinenさん左から
Donald Adamsonさん
Ina Jaakkolaさん
Rea Lehtonenさん
Kiti Saarinenさん

a nip in the air
in snowy woods
a crow sings, solo Rea Lehtonen
肌を刺す冷気 / 雪の森の中で / 鴉が歌う、ソロ
レーア・レトーネン
on the back of your bike
screaming downhill
in a rain of dandelion fluff Kiti Saarinen
英訳:Donald Adamson
あなたの自転車の後ろで / 叫びながら下る / 蒲公英の絮の雨の中を
Kiti
5pm snarl-up
overhead a jet trail
lingers, fades away Rea Lehtonen
英訳:Donald Adamson
午後5時の交通渋滞 / 頭上にはジェット機のコース /浮かんでは消えて
レーア・レトーネン
that summer
sultry gossamer lace
veiling my face Kiti Saarinen
英訳:Donald Adamson
あの夏 / 暑苦しい蜘蛛の巣レースの / ベールが顔を覆っていた
Kiti
I look around me
before I use baby talk
on a duck Kiti Saarinen
英訳:Donald Adamson
周りを見回す / 赤ちゃん言葉を使う前に / 一羽の家鴨へ
Kiti
end of the year
a tightly knotted rug
under my feet Rea Lehtonen
年の暮れ / 固い結び目の敷物が / 私の足の下に
レーア・レトーネン

タンペレの近く、ピルッカラ在住のレーアさんは、ストックホルムで2017年6月に行われたHIAとスウェーデン俳句協会の俳句交流イベントに参加され、以来、次に紹介する長村紀都さん達と一緒にGinza Poetry Societyのオンライン句会で隔月の英語俳句の会を続けています。この句集・俳画集にはフィンランドの女性の生活が描かれています。森と湖、雪とブリザード、サウナの煙と杭に置かれたタオル、波と飛行機雲が生まれては消えてゆく・・・。序文には「俳句は瞑想へのいざないである。様式化された断片というよりは、景色やその要素となるものたちの間に存在する不思議を探求するための、研ぎ澄まされた感情に起こる出会い、それが俳句なのである。」とあります。「季語についての言及は無いのですが、句は冬、春、夏、秋、歳末と流れを作っています。」と、レーアさんはにっこりされました。

『グリット、グレイス、アンド ゴールド(氣、雅、と金)』(米国、Kodansha USA, 2020年)は、HIA会員の長村紀都(Kit Pancoast Nagamura)さんの第一句集です。タイトル句は本書の最後の句:stadium lights off / summer night glimmers / of grace, grit, and gold スタジアムの光消え/夏の夜瞬く/雅(みやび)、氣(き)、金(きん)。この3行目とは語順が少し変わっていますが、句のコンテクストの中で読むのではなくタイトルとして読む場合、私は「根性、優美、そして純粋」と解釈したいような気も致しました。

子ども地球歳時記

この句集の特徴は、写真家でもある紀都さんの作品である力強い表紙の魅力と、挿入された白黒写真の言葉によらない語り掛け、また、様々な才能を持った友人らの参加を呼び掛けて、世界各国の選手団が織りなすスポーツの祭典オリンピックさながらに各人の才能を競演させていることです。書家のミヤジ・ヨシエさんの筆になる漢字1文字による33の章立て、「陸」は陸上競技、「羽」はバトミントンというように、各スポーツをテーマに紀都さんの4~5句と招待作家による1句で構成されています。全ての内容が日英2か国語で表示されており、マリヤ・マリエさんとモリヤマ・メグミさんが和訳を担当されました。随所に挿入されている紀都さんの写真ですが、撮影に行った先では選手たちから「俳人がスポーツに興味を持つなんて!」と驚かれたそうです。「俳句とスポーツは全く畑違いだと思われていますが、選手たちの動きを見ていると、その美しさに打たれ、轟き落ちる滝や鶯の鳴き声とも通ずるものを感じました。」とのこと。東京五輪は延期となりましたが、本書では思う存分スポーツが楽しめそうです。(アマゾンで購入可能)

長村紀都さん長村紀都さん
Kit Pancoast Nagamura

光栄なことに私も依頼を受けた一人で、与えられた種目は「スケートボード」でした。映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985年第1話)』が流行っていた頃に、一度だけ試みて大転倒、肘を強打、打撲傷で暫く痺れたままになっていた痛い思い出があるのみでしたので、はてと困ったのですが無事に活字になりました。その「板」の章をご紹介します。

knuckles graze
the rising sun
half pipe
指のかすめる / ライジングサン(朝日)/ ハーフパイプ
hunting the streets
for rails and curbs
summer moon
街中を探す / レールや縁石を求めて / 夏の月
hot gusts
litter the bowl* with trash
switch stance
熱風が / ボウルにゴミを撒き散らす / スイッチスタンス(逆向きスタンス)

*ボウルとはパークで様々な斜面(アール)の入り混じった複合的な窪地のこと。

lip trick*
on the tip of your tongue
what you almost say
リップスライド / 舌先まで出かかる / 言おうとしたことが

*リップスライドとは、バックサイドにあるセクションへ身体をバクサイドに90度ひねり、セクションをまたぎボードスライドさせるテクニック

climbing the wall
flowering in the breeze
an eggplant*
ウォールを登る / そよ風に花開く / エッグプラント

*エッグプラントとは、コーピングを片手で掴んで逆立ちする技。

down the handrail
a skateboarder’s somersault
empty cobweb Emiko Miyashita
ハンドレールへ / スケートボード宙返り / 蜘蛛の囲 空に ミヤシタ・エミコ

と、あります。脚注が無ければ分からない独特の技の名前が句中に散りばめられており、何事も中を覗いてみれば奥が深いことを思い知らされます。拙句の訳ですが、運動の方向が思いと逆になっています。公園の石段中央にある金属パイプの手摺へひょいと飛び乗り滑り降り、ジャンプして見事な宙返りを見せた少年と空っぽの蜘蛛の巣の取り合わせのつもりでした。句が独り歩きをすることは初学の頃に先輩たちから言い聞かされていたことであります。スポーツの場合は、さらに足が速い!


筆者:宮下惠美子 HIA評議員、ESUJ-H選者、カナダ俳句協会会員、俳人協会幹事、「晨」同人、「天為」同人、JAL財団理事、日本英語交流連盟常務理事、Ginza Poetry Society代表