ユネスコ無形文化遺産登録に向けて

俳句で世界を平和に

国際俳句交流協会会長  有馬 朗人

三重県伊賀市において2016年7月22日「俳句のユネスコ登録をめざす発起人会」の初めての会合が開催されました。 岡本栄伊賀市長と有馬朗人の呼びかけで、鷹羽狩行俳人協会会長、宮坂静生現代俳句協会会長、稲畑汀子日本伝統俳句協会会長、川本浩嗣東京大学名誉教授が発起人のメンバーです。 初会合の当日は、鷹羽会長はじめ、宮坂会長に代わり 伊藤政美副会長、稲畑会長に代わり 大久保白村副会長が参加されました。 川本名誉教授はご病気のためご欠席でした。 今後は、芭蕉や俳人にゆかりのある全国の自治体に参加を促し、一方、四協会を中心として俳人にも呼び掛け、協力してユネスコ登録を目指す協議会を発足させる予定です。

世界で一番短い詩である俳句は、日本の誇るべき伝統文学であることは皆さんご承知の通りです。 国内のみならず世界の多くの国々でも昨今その人気が高まっており、幼い子どもたちから、100歳になる高齢の人々までが俳句を作り、俳句を読んで楽しんでいることからわかるように、まさに「俳句は生きる力」になっているといっても過言ではありません。

俳句が海外に紹介されてからすでに100年以上経ちます。 2015年、私ども国際俳句交流協会が日本に招いたヘルマン・ファン・ロンパイ前EU大統領の訪日歓迎スピーチの中で、駐日EU代表部大使ヴィオレル・イスティチョアイア=ブドゥラ氏は長崎の出島にあったオランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフが俳句を最初に詠んだヨーロッパ人であると紹介していました。

アメリカのレーガン大統領が来日し日本の国会で演説された時のことですが、大統領は芭蕉の「草いろいろ各々花の手柄かな」という句を引用されています。 この句は、今回「俳句のユネスコ登録をめざす発起人会」の開催された三重県伊賀市の市立図書館の前とふるさと会館の前の句碑に刻まれています。 また、キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使が日本に赴任される前の慌ただしさを表すのに、芭蕉の『奥の細道』冒頭の「道祖神のまねきにあいて取るもの手につかず」という紀行文を引用されたそうです。

ファン・ロンパイ前EU大統領は、句集を二冊も出版されていますが、一番好きな俳人は芭蕉だそうです。 短い日本滞在の寸暇をぬって、長野県軽井沢町にある芭蕉の「馬をさへ眺むる雪の朝かな」の句碑を訪れています。

このように、世界的にもよく知られている俳人松尾芭蕉の生誕の地である三重県伊賀市で「俳句のユネスコ登録を目指す発起人会」が開かれたことは意義あることだと思います。 松尾芭蕉は、1644年三重県伊賀の国に生まれました。 殿様である藤堂新七郎の息子で俳号を「蝉吟」と称した藤堂良忠に仕え、彼から俳諧の才能を認められ可愛がられていました。 伊賀藤堂家は、峠を一つ越えれば京都宇治に道が通じていたことから、京都の俳諧師北村季吟に学び、師を伊賀にも招いていたようです。 主人良忠が亡くなると芭蕉は自分の俳句の才能を試し、俳句の新しい風を広めたいとその頃はまだ俳諧が京都ほど盛んでなかった江戸に向かいました。 芭蕉が29歳の時でした。 大坂で亡くなる51歳までの約20年間、曽良や其角、去来など多くの弟子を育て、芭蕉の才能は大きく花開き、次世代の俳人たちへと繋がっていったのです。

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発起人会では俳句を登録するにあたっての議論が活発になされました。 俳句はすでに世界に認めてもらっていますが、俳句の持つ魅力をより多くの人に知ってもらうことがまず大切なことだと思います。

俳句の大衆性……短いという俳句の持つ簡潔さゆえに誰もが俳句を簡単に作ることが出来るのです。 当協会の俳句コンテストへの海外からの応募は49か国に及びます。

俳句の普遍性……アメリカの代表的な詩人アレン・ギンスバーグは俳句のように短いしかも自然をテーマにした詩を沢山作りました。 又、ノーベル文学賞を受賞したスウェーデンのトマス・トランストロメルや同じく平和賞をその死後に贈られたスウエーデン人のダグ・ハマーショルド元国連事務総長が俳句詩を詠まれたことはよく知られています。 このように一流の詩人や文人政治家が俳句を詠んでいることは俳句の普遍性を表していると思います。 一方俳句が短いことによって、一般の人々が俳句を作る楽しみを知り始めました。 こうして俳句によって詩人の数が急激に増えつつあると言えます。

俳句の平和性……俳句の主題は自然観察と日々の生活の中にあります。 俳句は瞬間を永遠のものにすることが可能です。 身近な自然を観察することは自然保護の心にも繋がり、人々の相互理解を生み、ひいては世界の平和へと繋がることになるのです。

次世代への教育力……言葉に関する感性を磨くことは表現力を高め、自分の考えを簡潔にまとめる訓練になります。 アメリカでは俳句を授業に取り入れて子ども達の表現力を育んでいるそうです。 俳句がユネスコに登録されれば日本の子どもをはじめ世界の子ども達の国語力の向上にも役立つでしょう。

俳句を通して私たちは世界と繋がっています。 今年12月の国際俳句交流協会(HIA)の年次俳句大会の講演に、ベトナム人のグエン・ニュー女史を招いています。 ニューさんは、日本の俳句を研究してホーチミン大学から文学博士号を授与されました。 彼女の俳句との出会いの場は、当協会が外務省を通じて在外公館に配布している本誌 “HI” でした。 ニューさんは、今では、ベトナムの人々に俳句を指導しています。 これも先程述べた俳句による詩の普遍性の一例です。 繰返しますが、短いこと、自然や自然と共生する生活を詠うという俳句の特性によって、日本のみならず世界に俳句が広がっているのです。

このような俳句をユネスコの無形文化遺産として登録しようという運動が、伊賀市のように俳句にゆかりのある自治体の連合と、四俳句協会とが手を携えて推進されることになりました。 国際俳句交流協会の会員の方々のお力添えをお願いする次第です。