会員の活動報告


日欧俳句交流・俳句シンポジウム
「欧州俳句の今、日本俳句の今」
 ベルギー・イタリアの旅8日間に参加して

青木 陽二

2014年1月23日一行25人は9時半に成田空港第一ターミナル北ウイングG窓口前に集まった。有料の特別室で結団式と旅行上の注意伝達が行なわれた。11時40分の定刻頃にKLM862便は成田を離陸し、日本列島を横断し、佐渡島方向へ飛び立った。暫くして、食事のサービスが始まった。飲み物にはビールやワインも無料で提供された。日本食と欧食が提供された。長い時間が有ったが、隣席の木村聡雄先生による俳句の楽しみと日本語の原点の話は大変興味あるものだった。現地時間の午後16頃、静かにオランダ、アムステルダムのスキポール空港に着いた。大きなバスが迎えに来て、バスにポツンポツンと座って、ブリュッセルへ向かった。19時頃に市内で食事を済ませホテル到着は21時頃であったか。

24日朝は6時半からの食事であった。多くの人が早めに来たが、まだ時差が残っているようであった。8時にホテルからバスでスウェーデンEU代表部に先発隊が出かけ、会議の準備に入った。10時半よりシンポジウムの受付が開始され、宮下さんのご母堂手作りの「俳句の種袋」がお土産に配られた。少し遅れて有馬会長、ファンロンパイEU大統領が到着された。午前中に木村先生の司会で、有馬会長の挨拶、スウェーデン代表部大使の挨拶、ファンロンパイ大統領の講演が有って、昼食の時間となった。話の内容は公式記録で紹介されるので省略する。ここで日本からの俳人と大統領らの合同写真の撮影となった。昼食にはワインやビールと軽食、煎茶道家元の高野楓石さんと田仲摩諭子さんによる日本の煎茶のお手前もあった。

午後からはルーベンス大学のワラ先生の司会で、スウェーデン大使のバリエさん、有馬先生、オランダ俳句協会のヴァハルトさん、ドイツ俳句協会のヴィルトさん、英国俳句協会のコブさん、フランス俳句協会のケルヴェルンさんと各国の話が続いた。内容は公式記録に譲る。

25日は朝から観光俳句ツアーで、ベルギーの王立美術館で、ブリューゲルやルーベンスの絵画を見て、親子で同じ冬の村を描いている絵を確かめた。その後世界遺産、グランパレスと小便小僧を訪ね、ムール貝の昼食を採りながら俳句会が開催された。良い評価を得た者、特選に選ばれた者など悲喜こもごもだ。気温6度の寒いベルギーを後にした。アムステルダムへは夜となった。

26日、空港まで送ってくれたバスはここでお別れとなった。KLM1601便はローマに向けて飛行したが、アルプスを越えてからひどい揺れにあった。皆驚いていた。イタリアの「ローマ日本文化会館」では館長はじめスタッフが出迎えの歓迎をしてくれた。日本庭園もある立派な施設であった。ローマの俳句会との交流会では、イタリア俳句会のカルラ・ヴァージオ女史がイタリア俳句友の会の歴史、有馬先生が「対称性における東洋と西洋の違い]と俳句のこれからについて話された。在ローマ50年の日本人野尻命子女史がイタリア俳句について話し、小学校の女先生コスタンツイさんは連れてきた教え子の俳句について話した。オリーブとワイン畑の経営者ペトリさんは自然体験と俳句について話した。国際俳句交流協会はイタリアの俳句愛好者に、今回の訪問に協力してくれたことに感謝し、感謝状を渡した。夕食会では美味しい日本の寿司が出され、イタリアの参加者が多かったことも有り、賑やかな夜で、追い出されるまで、延々と交流が続いた。

27日は、バチカンを訪ね、ミケランジェロの最後の晩餐や天地創造を観賞した。トレビの泉でコインを投げ、昼食後、Haikuワインを作っているワイナリーを訪ねた。トスカーナのキャンテイ村へ行きカステロ・デ・アマを見学し、夕食を食べながら俳句会を行なった。山中の山道で時間を取られ、フィレンツエの宿に着いたのは夜中だった。

28日は、ウフィッツイ美術館を見学し、ベッキオ橋を見て、サンタマリア大聖堂を見学した。午後からは雪が降るアペニン山脈を越えてベローナに向かった。夕焼けのロンバルジアの平原を横切り、大河ポー川を渡り、子規の俳句の句碑がある「ロカンダレストラン」に着いたのは19時だったろうか。夕食を食べながら西村和子先生選の句会を行い、ミラノのホテルに着いたのは真夜中であった。

29日、ミラノの空港からKLM1620便に乗り、アムステルダムで厳重な身体検査を終ってKLM861便に乗ったのは、14時過ぎだった。長い旅行も無事終わり、解散を木内先生が告げたのは、成田にて30日10時頃であったろうか。忙しく、自由時間の無い旅行であった。