俳句紀行


俳句紀行 - 第1回

英語は便利なツールです。鋏(はさみ)や望遠鏡や如雨露(じょうろ)のように便利です。世界中の俳句仲間と交流するための道具の一つです。

国際俳句交流協会15周年を記念しまして、全10回のシリーズで「宮下惠美子の俳句紀行 -」を企画致しました。 英語ハイクをマイツールにしてみませんか?

この企画では以下の三つのコーナーで毎回一句ずつ紹介をしてまいります。

会員の皆様からのそれぞれのコーナーへの投句もお待ちしております。

英語ハイクの鑑賞

home for Christmas:
my childhood desk drawer
empty

いきなりクリスマスの句で始まりましたが、これはMichael Dylan Welch(今年はアメリカハイク協会の副会長も務めています。シアトル在住の俳人です)の作品でCor van den Heuvel 編纂の『The Haiku Anthology』 1999年版に出ている私の大好きな句の一つです。

マイケルは、今年の9月21日から25日まで西海岸シアトルの北60マイルほどの港町ポートタウンゼントで開催されます北米ハイク大会の準備に忙しくしている頃だと思います。私も「北米ハイクの行方」を話し合うパネルディスカッションに参加の予定です。

ご興味の在る方はHaiku North America のホームページで詳細をお確かめください。

では、句の鑑賞をはじめたいと思います。クリスマス休暇に実家にもどり、子供の頃に使っていた机を見つけます。そっと抽斗(ひきだし)を開けてみますと、中は空っぽだったという景です。皆様にも身に覚えのある情景ではないでしょうか。空っぽのこの抽斗からは多くのことが見えてきます。読者のそれぞれの人生を重ねて味わっていただきたい句です。マイケルが家を出てからの時間や子供時代の思い出やいろんな目に見えないものがその抽斗には詰まっていたにちがいありません。

home for Christmas:
my childhood desk drawer
empty

クリスマスで家に戻っている:
僕の子供時代の机の抽斗
空っぽ

一行目は「home for Christmas:」のようにコロンで切れています。コロンは切れ字の「や」のようにきっぱりと切りますので、ここで一塊のイメージが提示されています。クリスマスを祝うために家に戻ってきたところです。

二行目と三行目でもう一つのイメージになります。ここでは「僕の子供時代の机の抽斗」と家の中の机の抽斗とだんだん焦点を絞り込んでいます。

そして最後に「空っぽ」という驚きが用意されています。作者はがっかりしたのでしょうか?それともすでに過ぎ去った自分の子供時代を懐かしく思い出しているのでしょうか。

この「空っぽ」の解釈は読者に任されています。私はちょっと切ない感じがいたしましたけど、大人になってしまった自分を実感しているのかもしれませんね。クリスマスの雰囲気がよく出ていると思います。皆様は如何だったでしょうか?

ワンポイント・俳句の英訳

このコーナーでは、惠美子流の英訳の手順を紹介したいと思います。アメリカのハイク誌『モダンハイク』Vol.36.1(2005)に紹介しました岸本直毅さんの句です。

岸本直毅 第一句集「鶏頭」より
From his first haiku collection, Keitou, Cockscomb, 1986

てぬぐひの如く大きく花菖蒲
tenugui no gotoku ohkiku hanashobu

as big as
a folded hand towel
an iris

まず対語訳を付けていきます。これはひたすら辞書引きの作業です。

てぬぐひの如く大きく花菖蒲
hand towel/ 's/ like; as / big/ iris

次にパーツを組み立てます。俳句は短いですからイメージが提示される順序をできるだけ守った英訳が出きたらいいと思っていますが、言語が異なるのですから無理はしません。出来上がった英訳が英語として不自然でも文法をまるっきり無視したものであっても読み手は混乱するばかりです。

形としては三行詩、小文字で始めて終止符は打たない。ピリオドを打たないのはハイクが読者を得てはじめて完結するものであり、開かれた詩形だからです。

原句では花菖蒲が下五にあるので英訳でもアイリスを三行目に持って来ようと決めました。またこの句の場合、ハンドタオルとしますと広げたままの大きさを思い描かれてしまう可能性がありますので補足訳として畳んだ手ぬぐいの大きさが分かるようにしました。

より的確な鑑賞の手助けとなるように手ぬぐいという日本のハンドタオルの説明を脚注として付けることにしました。

文化の異なる読者に読んでいただく場合は背景となることの説明を無理に句の中へ入れ込もうとせずに脚注で説明をし鑑賞をより正確にしていただくという親切も必要かと思います。参考までに「モダンハイク」に載せました説明は↓以下の通りです。

Note: Tenugui is a Japanese hand towel made of cotton, usually white with an indigo print on it. It is almost the size of regular hand towel. It was an essential item for the pre-War Japanese life style—it could be used as hand towel, tied around one's head as a hair band, or it could be used as a scarf to wrap one's head when working or when one does not want to show his/her face. It is also a useful item for a 落語家 rakugoka story teller, for whom it can serve as a book when he opens it on his hand, etc. The author is comparing a folded towel of this size with the iris flower. The color of the tenugui, indigo and white, is somehow similar to that of the iris

伝えたいことがあると、頑張って伝えようと努力します。
これが大切なことなのだと思います。

ワンポイント・英作ハイク

ここでは実際に英語でハイクを書いてみたいと思います。
留意することは↓以下の3点です。

1) 三行で書く

2) 小文字で始めて最後にピリオドを打たない

3) 地球の動き(公転自転を含めて)によってもたらされる変化をキャッチして一句の中に取り入れる

* これは季節であったり朝や夜であったりするのですが、『歳時記』がなくても世界中で俳句は書けるのです!

3月にカナダのニューファンドランド島で俳句の朗読をしてきました。
好評だったのが次の句です。

この句はルーマニアのIon Codrescu 編集長のハイク誌「Hermitage 」Vol.2 2005に掲載されました。

the rumble of waterfalls
becomes distant—
I worry about my car key

滝音のはづれまで来て鍵のこと       宮下惠美子

拙句集『たちまち』の中の一句のイメージを英語で俳句にしてみた句です。 英語では主語が必要な場合がありますので、I(私は)を補ってあります。

なるべく「私が私が」にならないように書くのが英語ハイクだといわれますが必要に応じて I (私は)を入れてもよいと私は思っています。

以上、お楽しみいただけましたでしょうか。 では、また来月!


筆者紹介

宮下惠美子