英作ハイク -入門-

お知らせ






第8回 2006年

俳句部門

選者
金子兜太 稲畑汀子 鷹羽狩行 有馬朗人 木暮剛平 星野恒彦 坊城中子 倉橋羊村
永田龍太郎 山崎ひさを 宮津昭彦  大久保白村 山崎聰 加藤耕子 山田弘子
大高霧海 柏原眠雨

講評
倉橋羊村

国際俳句交流協会賞

 
ガウディの塔に槌音燕来る 所沢市  三好かほる
白夜こそよけれ古城も尖塔も
世田谷区  石橋万喜子

俳人協会賞

 
篝火に鵜舟影絵となりにけり 品川区  佐藤晴子

現代俳句協会賞

 
下戸にして勧め上手や西鶴忌 相模原市  宮崎登美子

日本伝統俳句協会賞

 
手につつむ湯呑のぬくき居待月 千葉市  鳥飼栄美子

日本経済新聞社賞

 
海女小屋に鏡の光る秋の暮 小平市  川端陽美

ジャパンタイムズ社賞

 
底知れぬ氷河を歩む影青し 久留米市  江島光子

ハイク部門

選者
木内 徹  木村聡雄

特選(Prize Winners)

木内選(和訳共)
in darkness
i await
my voice
Marshall Hryciuk (Canada)
闇のなか
我が声を
待つ
マーシャル・リシック (カナダ)

Although the tree's dead,
the birds do not forsake it;
they stand guard on it.
Bill West (U.S.A)
木が枯れても
鳥たちは見捨てずに
見張り番をする
ビル・ウェスト (アメリカ)

木村選(和訳共)
a snowflake's
momentary pause―
the ground so far below
Jeremy Das (UK)
雪片が
一瞬とどまる
地面ははるか下
ジェレミー・ダス (イギリス)

In the fresh print of
the calf's hoof in the mud
new form of water.
Marijan Čekolj (Croatia)
泥にはできたばかりの
子牛のひずめの跡
新しい水の形
マリハン・ケコルジ (クロアチア)

入選(Honorable Mentions)

木内選(和訳共)
In the fresh print of
the calf's hoof in the mud
new form of water.
Marijan Čekolj (Croatia)
泥に残る子牛のひづめの
真新しい跡に
新たな水たまりの形
マリハン・ケコルジ (クロアチア)

Snow clad mountains shine,
while interacting with moon;
wolves on walk to dine!
Mohammed Fakhruddin (India)
月と相互作用して
雪化粧した山が輝く
狼が食事しに歩いて行く!
モハメット・ファクルディン (インド)

Spring flood.
Bunny's ears peeping out
from the ranger's boot.
Zoran Doderovič (Serbia)
春の洪水
レンジャーの長靴から
ウサギの耳がのぞいている
ゾラン・ドデロヴィッチ (セルビア)

snowy funeral
microphone-test:
“one two three..”
Ferenc Bakos (Hungary)
雪の葬式
マイクのテスト
「ワンツウスリー」
フェレンク・バコス (ハンガリー)

木村選(和訳共)
autumn park
a girl turns leaves
right-side up
Grzegorz Sionkowski (Poland)
秋の公園
少女は落ち葉を
表向きにする
グレゴルジ・シオンコウスキ (ポーランド)

Low grey cloud. Against
the wind the melancholy weight
of one last heron.
Tom Loweinstein (UK)
曇天低く
風に向かう最後のサギの
もの憂げな重さ
トム・ロウエンスタイン (イギリス)

War headline
heron's wings fold
white
Francis Attard (Malta)
戦争の見出し
サギは翼を
白くたたむ
フランセス・アタード (マルタ)

cool morning
The Buddha's eyes
are still closed
Bruce Ross (U.S.A.)
朝涼し
仏陀のまなこ
閉じたまま
ブルース・ロス (アメリカ)

漢俳について 今田 述

 西洋文藝の始祖がギリシャ・ローマだとすれば、東洋文藝の源は中国です。
詩の世界で『詩経』が生まれたのは今から三千年前です。『詩経』の詩句は二言のユニットを二回重ねた四言でした。紀元前三世紀、憂国の詩人屈原が出ました。屈原の長詩『離騒』は三言句を多用しました。漢代になるとこの不安定な三言を基にして、五言(2+3)七言(2+2+3)が生まれ、更に唐代になると七言絶句や五言律詩という代表的な詩形が完成されます。唐詩の形式は、その後の中国に綿々と受け継がれ、わが国の詩歌に大きな影響を与えました。『万葉集』より三十年程前に編集された、わが国最古の詩集『懐風藻』は『万葉集』編纂に強い刺激となりました。しかし中国詩詞が高い水準に達したのは嵯峨天皇の頃、勅撰集『凌雲集』や『経国集』が編纂された時代です。下って藤原公任が『和漢朗詠集』を編纂し、平安以降の日本の詩歌に長く強い影響を及ぼしました。
 芭蕉が蕉風を確立するにあたって、中国の詩文集を座右に置き参考にしたことは知られています。『おくの細道』一冊を読んでも、李白や杜甫の影を随所に見ることができます。『笈の小文』の中には次の一句があります。
 明石夜泊
蛸壺やはかなき夢を夏の月       芭蕉
 この「明石夜泊」という題は張継の「楓橋夜泊」に倣ったものでしょう。「楓橋夜泊」は「月落烏啼霜満天」で始まる例の七絶で、日本人観光客に人気があり、蘇州の寒山寺だけでなく中国全土でその掛け軸が売られています。「夜半鐘声到客船」という平易な表現に人気があるのでしょうが、これを蛸壺に置き換えたところに、芭蕉の卓抜なユーモアとペーソスが感じられます。鄭民欽はこの一句を次のように漢訳しています。
 明石夜泊       芭蕉
章魚在陶罐,    章魚(たこ)は陶罐に在りて,
独自濃酔黄梁夢。 独り自ら黄梁の夢に濃酔す。
夏夜月満天。    夏夜 月は天に満つ。   (鄭民欽訳)
 黄梁夢は「邯鄲の夢」のことで説明を要さないでしょう。随分漢字を沢山用いているようですが、中味は芭蕉の句より多くも少なくもありません。芭蕉の句意を上手く訳しているといえます。これは「漢俳」の形式です。これを北京語で読むとどうなるのでしょうか。
Zhang-yu zai-tan-guan,
Du-zi-nong-zui huang-liang-meng.
Xia-ye yue-man-tian.
 音節はまさに五・七・五であって俳句と同じです。「月落烏啼霜満天・・・・」などという古典詩に較べると、何よりも率直さと親しみ易さを感じます。それでいて蛸が蛸壺で黄梁夢に酔うという奇抜な設定は、中国現代詩人の詩情をそそらずにはおきません。
 ところで俳句の魅力に中国人が気付いたのはいつ頃からのことでしょうか。俳句を発見した最初の外国人は、ラフカディオ・ハーンだといわれます。ハーンが来日したのは1890年(明治23年)ですが、ほぼ同時期に清国人蘇山人が父羅庚齢とともに来日しています。蘇山人は詩文の才に恵まれ、正岡子規の門下となりました。虚子や碧梧桐とも深い付き合いがありましたが、惜しくも若くして子規と同病で死去しました。その後、葛祖蘭や周作人らが来日し、さらに林林が1932年早稲田大学に留学しました。林林は『鐘声の余韻を尋ねる』の中で何故俳句を学ぶかを述べています。
 文化大革命後の1970年代末、李芒らが盛んに俳句の漢訳を行いました。中国で古典詩に代わる新時代の短詩が求められていたのです。その流れの中で1980年日本俳句訪中団(団長大野林火)が北京を訪ねました。北京の歓迎会で趙樸初が詠んだ次の一首から、五・七・五のこの短詩を「漢俳」(Hanpai)と呼ぶようになったのです。
緑陰今雨来    緑陰 今雨来る
山花枝接海花開 山花の枝 海花に接して開く
和風起漢俳    和風 漢俳を起す   (趙樸初)
 漢俳はその後中国各地に浸透して行きました。何よりも十七字という短詩型が現代にマッチしています。形式も脚韻や平仄にも厳しくない。厳しくないといっても、例えば上記の一首でも「来」rai「開」kai「俳」haiという脚韻が踏まれています。平仄も「山花枝接海花開○○○●●○○」と交互に用いられています。韻律抑揚に特色があるのが中国語であり、その習慣に反するのは、詩の条件を充たさないと思われるのです。
 今まで何百とある中国の詩詞形式を包括して来た「中華詩詞学会」と別に、2005年政府が「漢俳学会」成立を認めたのは、大きな歴史的瞬間というべきです。漢俳の庶民性と普及可能性が期待されたからでしょう。日本はこれまで常に中国から文芸を輸入してきました。漢俳は日本文芸が中国に影響を与えた初めてのケースです。
 わが国の俳人はなぜ漢俳に親近感を持ちづらいのでしょうか。多くの俳人は「字が多すぎる」といいます。それは日本の俳人が字面で鑑賞する傾向が強い証拠です。中国人は字面よりも朗詠で詩を鑑賞します。詩である以上、調子がいいことは大事です。芭蕉もそのことを繰り返し言っています。実は現代の若者の外国語選択は、英語の次は圧倒的に中国語になっており、ドイツ語やフランス語は遥かに後塵を拝する事態になっています。中国語の発音を悦ぶ人たちが増えれば、日本人の間で漢俳が流行する日も遠くないと思われます。漢俳は今や北京や上海といった中心地だけでなく、地方でも盛んに詠まれています。中国滞在の日本人が増えれば、漢俳による交流が増えることも十分予想されます。
 漢俳学会の設立から一年、開花期を迎えた漢俳に敬意を表し、私たちにも隣国の花を愛でる時がきていることを再確認したく思います。今後の漢俳と俳句の実りある交流を期待いたします。