| ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに |
森澄夫(1919〜) |
| 山国のそらに遊べる落花かな |
草間時彦(1920〜2003) |
| 月一輪凍湖一輪光り合ふ |
橋本多佳子(1899〜1963) |
| 木枯しの果てはありけり海の音 |
池西言水(1650〜1722) |
| 天も地もなしただ雪の降りしきる |
梶原芭臣(1864〜?) |
| 水がめに蛙うくなり五月雨 |
正岡子規(1867〜1902) |
| はじめての雪闇に降り闇にやむ |
野沢節子(1920〜1995) |
| 木枯しの今や吹くとも散る葉なし |
夏目漱石(1867〜1916) |
| 摩天楼より新緑がパセリほど |
鷹羽狩行(1930〜) |
| 冬涛はその影の上にくつがへる |
富安風生(1885〜1970) |

木枯しは少なくとも日本人には冬のきびしい冷たい風を思わせる言葉である。あたたかい国の人には、木枯しがいかなるものか想像がつくまい。私は日本よりはるかに温度の低い国で冬を過したが、その国の冬の風よりも、日本の冬の風がはるかに寒いと思った。おそらく湿度及び家の構造に由来するものであろう。江戸時代の木枯は現代の日本よりはるかに冷いものだったであろう。この句はそのために当時の日本人の間で有名になったと思われる。
言水は芭蕉より古い俳人だが、山口誓子のような現代の俳人に明らかに影響を与えている。山口が第2次世界大戦中の特攻隊について、「海に出て木枯し帰るところなし」という有名な俳句をつくった。

この俳句は海外ではとても有名である。英語では幾種類か、またフレミッシュ語やオランダ語でも翻訳されている。しかし、日本では有名でなく、歳時記にすら引用されていない。
歳時記は日本の俳人にとって非常に重要なもので、大きいものも小さいものもある。非常に小さいものでも、有名な俳人による、すぐれた俳句は、一句か二句は引用されている。ところが、この芭臣俳句は、私の知るかぎり、どの歳時記にも見出せない。しかし、この俳句は素晴らしいし、外国のいろんな句集に引用されているので、私は敢えて選んだ。
これを最初に英訳した宮森朝太郎は、慶応大学で英語を教えていた大学教授で、その英訳を、俳句の翻訳者として有名なRHブライスとハロルド・ヘンダーソンが読んだ。
この俳句は翻訳しやすい。俳句は、日本語で読んで優れたものでも、翻訳不可能なものが多い。その例外が芭臣の句で、優れていると同時にとても翻訳しやすく、訴求力がある。俳人芭臣は虚子の弟子で歯医者であった。彼についてはそれ以外何も分からないが、この秀句1つを遺したのである。

蛙は欧米人にとっては、グロテスクで奇妙な小動物である。日本は水田が多いため、昔はこういう場所や小川などに棲息していた。日本の蛙は、そのために古くから春の季語になった。ガマ蛙とは違う。芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」を初め、多くの蛙が俳句その他でつくられた。子規は近代の俳人のなかで、もっとも知られており、ブライスによって、この句が翻訳された。その後はビート派の詩人などによって取りあげられる不思議な運命をたどった。
この子規のよく知られている俳句を、RHブライスを次のように訳した。
| in the water jar - |
浮いている蛙 |
面白いことに、ずっと後にアメリカのビート派の詩人、アレン・ギンズバーグがブライスの訳を1950年代に読んだ。彼は自分でも俳句をつくり始め、とても似た俳句を作った。
| In the drugstore jar |
浮いている蛙 |
| Summer rain on the pavement |
歩道には夏の雨 |
 |