漢俳が誕生して二十年余、漢俳は徐々に現代短詩の地位を拡大しつつあるといえるのでしょう。それでも伝統詩に較べれば、中国人の一部にしかその存在を知られていないかも知れません。ましてや日本では殆どその存在は知られていません。日本には俳句を詠む人が一千万人いるといわれています。しかし俳人の殆どは漢俳に興味を示しません。私は現代中国に生まれたこの短詩交流の動きを、日本の短詩家たちに紹介したいと努力していますが、今のところ反応が大きいとはいえません。漢俳が俳句に触発されて生まれたのに、母国の日本では何故関心が薄いのでしょうか。このことを少し検討してみたいと思います。
漢俳は17字17音節で詠まれる詩です。俳句も17音節で詠まれます。これは大きな共通項です。しかし日本人は漢俳を眼で追うだけで音読しませんから、日本人の殆どはこの共通項に気付いていません。そして日本の俳人が漢俳に関心を示さない大きな理由は、漢俳の意味内容が俳句よりずっと多いからです。漢俳の意味内容はむしろ日本の短歌に匹敵します。日本の俳句は17音節であって17字ではありません。ご存じの通り日本には「ひらがな・カタカナ」という表音文字があって、日本語は漢字カナ混じり文で記録表現されます。俳句は17字とか短歌は31字とかいわれるのは、この「かな文字」(すなわち音節)で数えているのです。俳句の意味内容は漢俳の半分ほどしかありません。中山栄造氏が提唱した新短詩の中に、曄歌という漢字十字(3・4・3)の形式がありますが、これが俳句の意味内容にほぼ匹敵します。俳句はこのような極めて短い詩形ですから多くを語れません。従って詩想の一部を述べ、あとは読者の想像にまかせる手法をとるのです。
《漢俳詩刊》には、林林先生の『早市写真』の私の翻訳を載せて頂きました。『早市写真』の思わず笑いをも誘う活き活きとした感覚は、日本の俳句の精神に非常に近いモノです。流石に日本文化に通暁された先生の作品だと感嘆させられました。私は日本人にもぜひこの作品に触れてほしいと思いました。そして翻訳にあたっては日本の短歌形式(31音節)を採用したのです。俳句形式ではその詩の意味を伝達することが出来ないからです。過去に現代俳句協会が二度にわたって『対訳現代俳句・漢俳作品選集』を編纂しています。その中で漢俳の俳句への翻訳を試行していますが、結果は惨憺たるものといわざるを
得ません。一例を見てみましょう。これも林林先生の作品ですが次のような翻訳があります。
凌霄 林林
豈敢充花豪,
不攀大樹怎扶揺?
有愧称凌霄。
凌霄花大樹あえかによじのぼる
この詩のポイントは大樹に頼らなければ攀れないのに、凌霄(空を凌ぐ)なんて愧かしいというところにありますが、この訳は全くそれに触れていません。これでは原詩の意味を伝達していることになりません。私はこの失敗を踏まえて短歌形式を選んだのです。そして可成りの成功をみることができたと思っています。つまり漢俳とは、「俳句と同じ音節、短歌と同じ内容」を具えた短詩といえるかも知れません。
上述の通り漢俳を短歌に翻訳するのは大変効果的ですが、これまで日本でそれが試みられなかった理由は、現代の短歌界・俳句界の厳格な分業にあると思われます。現在日本では短歌人は俳句を詠まない。俳句人は短歌を詠まない。そういう分業制度が確立している嫌いがあります。もともと現代短歌も現代俳句も明治の半ば、正岡子規によって創業されたもので、本来分業すべきものではありません。子規は六歳で漢詩をはじめ、松山中学時代は漢詩の同好雑誌を編纂していました。短歌や俳句に手を伸ばしたのは高校から東大へ進んだ頃からです。短歌では「アララギ」俳句では「ホトトギス」という雑誌を創刊しました。昭和の俳人山口誓子や加藤楸邨も最初は短歌から出発しています。分業が極端に進んだのは、師弟関係を重視する結社主義に起因しているかも知れません。子規たちのように漢詩も短歌も俳句も詠んでいた姿は、今では影を潜めてしまいました。中国の詩人が多くの詩形を持ち、さらに何百もの詞形を持ち、詩興によって形式を自由に選んでいるのとは大きく異なります。
外国の詩を翻訳する時は、出来るだけ多くの人に原作の精神に触れてもらいたいと思います。短歌という韻文を選んだのは、日本人読者が韻文としての共感を持てるからです。短歌という形式を用いることによって、中国語を知らない日本人にもその原作の妙味を味わってもらうことができるからです。現代俳句協会のように無理に俳句形式にこだわる必要はないと思います。実は出来るだけ忠実に訳そうとしても、意訳にならざるを得ないのが詩の現実です。鄭民欽先生もいわれるように、「短詩の翻訳は一種の創作」といえるかも知れません。しかし中国人はどう感じるでしょうか。最近は日本語に詳しい中国人が大勢いますから、そういう人の眼から見ると訳が間違っているところもあると思います。私は小異を捨てて大同につくことが肝心だと思っています。さらに《漢俳詩刊》には私の詠んだ漢俳も収録されています。これも中国人から見たらおかしな作品かも知れません。あくまで中国語を知らない外国人による試作品としてご寛恕頂きたいと思っています。
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