英作ハイク -入門-

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エジプトでの俳句紹介

木内 徹

 

 私は、平成十八年三月二十五日(土)から四月一日(土)までの一週間、エジプトに俳句を紹介する目的で国際交流基金によって招かれ、国際俳句交流協会と俳人協会から派遣されてカイロへ出かけた。

 二十七日(月)に、エジプト文化省の最高評議会が国際交流基金と共催で行う、エジプト詩人への俳句紹介、および交流の会が催された。会場は文化省内にある国際会議場で、各席にマイクとイヤホンがある円形の座席になっており、ブースのなかにいる二名の同時通訳者が英語とアラビア語のあいだの同時通訳を行った。

 この会は文化省最高評議会の事務局長補佐であるエマッド・アブ・ガーズィー博士が責任者であった。カイロ大学日本語学科準教授ハムザ・イサム氏の司会により、私の経歴を英語で解説した。私の講演は英語で行われ、和歌から連歌、俳諧の連歌から発句、俳句から英語ハイクへと俳句の歴史を解説した。これは「天為」同人の宮下恵美子氏デザインのパワーポイントのスライドショーを私なりにアレンジしたものによって行った。
 講演のあと、私が日本からあらかじめ送っておいた芭蕉の「梅が香にのつと日の出る山路かな」以下二十三句の朗読を行った。私がまず日本語で現句を朗読し、エジプト人詩人モハメッド・アブシナー氏がカイロ大学日本語学科講師ワリード・イブラヒム氏のアラビア語訳を朗読した。俳句のアラビア語訳はこれが世界で初めてであろうと思われる。

 講演が終わってラウンドテーブルディスカッションとなった。多くのコメントと質問が出たが、なかでもナイジェリア出身の女性詩人が俳句における自然の重要さについて質問したことは要を得たものだった。彼女は俳句のような英語の三行詩を作ったので見てほしいと言って、『荒野の時』という詩集を私にサインしてくれた。そのなかの「人生は灰皿だ/そして私たちは燃え尽きた/タバコの吸い殻だ」というアラビア語から訳された英語の三行詩を見せてくれた。

 講演会のあと、エジプトの詩人たちとのトルココーヒーを喫みながらの座談会が行われた。この座談会では、エジプト詩人がアラビア語の詩は非常に長いので、俳句の短さに驚いたと言った。また、アラビア語の詩は必ず脚韻を踏むので、三行詩にした場合、脚韻を踏まないものは詩と認められないのではないかと言った。
 予定の会がすべて終わり、外へ出ると雨が降っていた。エジプトでは年に六日くらいしか雨が降らないので、そのうちの一日に遭遇してしまったことになる。これでは、春雨や五月雨のような季語はエジプトで通用するかどうか疑問であると思った。

 二十八日(火)は、カイロ市内にあるアインシャムス大学の日本語学科で講演を行った。同学科日本人講師山門健二氏の司会により、同じくパワーポイントのスライドショーを使い日本語によって講演を行った。参加者は日本語学科の学部生、大学院修士課程の学生たちであったが、彼らの日本語理解力は高く、私の日本語をすべて理解していた。なかにはアラビア語による日本文学史を読破し、芭蕉、蕪村、一茶の名を知っている学生もいた。
 質疑応答では、学生たちの熱意ある質問と意見により、一時間近くも意見交換が続き、私が資料として配付したアラビア語訳の「菜の花や月は東に日は西に」について議論が交わされた。菜の花はエジプトにはなく、黄色い花と訳されている。それが日本人によって喚起されるイメージと違ったものであり、「月は東に」は「白い月が昇る」と、「日は西に」は「赤い日が沈む」と訳されていることはやむを得ない、という学生たちの意見であった。

 二十九日(水)は、エジプト随一の難関大学であるカイロ大学で講演を行った。この日は同大日本語学科学生のみならず、一般に日本に興味のある学生・大学院生を対象にして行った。前述のカイロ大学ハムザ氏の司会により、英語によって俳句の歴史と現状を再々度パワーポイントのスライドショーによって行った。会場の五〇六教室はカイロ大学の学生でほぼ満員であった。
 三度目の講演なので多少冗談も言う余裕ができた。質疑応答では、お年玉という習慣がエジプトにもあるがイスラム歴によってだんだん時期がずれていくという意見が出された。また女子学生がエジプトで定型を守らない詩人が続出して問題になっているが、日本にも有季定型を守らない俳人がたくさんいるか、と質問した。私は多くはないがいる、と答えた。またカイロ大学日本語学科の若い講師イハブ氏が外来語を俳句に入れたものはあるか、と質問した。私はコンピューターなどという言葉を入れた俳句もある、と答えた。

 アインシャムス大学もカイロ大学も、日本語学専攻の学生が多く、まだ文学研究にまでは達していないので語学的な関心が高いことに気付いた。
 講演のあと、イハブ氏とアラディン氏というカイロ大学の若い専任講師が二人で俳句を初めて作ったから見てくれと言って二句ずつもってきた。そのうちの一つは、今の時期に起こる砂嵐を季語にしたもので、私はそれが季語になるかどうか確答できないと答えておいた。
 すでに欧米各国にハイク協会があり、あるいはハイク詩人たちがいる現代において、国際交流基金カイロ事務所長の清水順一氏によれば、アラブ二十二カ国のうち俳句が紹介されたという記録はなく、今回の私のエジプトにおける俳句紹介によってアラブ各国に俳句が広まるきっかけとなればよいと思う。